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ゲームから得られるもの

ゲーム トイレ

 昨日の記事を読むと、まるでわたしがアルプスの少女ハイジのごとく、自然のなかでのびのびと育ったように見えるかもしれないけれど、一方でわたしはテレビゲームも大好きだ。子供のころも好きだったし、今でもゲームはわたしの良い友達だ。

 ゲームでたくさん遊んでも、人生に役立たないとか、身につくものはないと思う人も多いと思う。でもわたしは、そうとは限らないことを知っている。現に、ゲームをしていたおかげで、わたしは一度、とんでもなくお腹が痛くなってトイレに行きたくなった母を救ったことがある。

 というのも、昨日のトイレの記事に書いた家族旅行でフランスを訪れた時のこと。美味しいご飯を食べ、電車に乗って隣の町へ行ってみようということで、電車に乗っていたとき、母が急に腹痛を訴えた。オリーブオイルをたっぷり使ったご馳走に、ワインまで飲んでしまって、大量のオイルにもアルコールにもあまり慣れない消化器が、悲鳴をあげたのだ。トイレに行けば大丈夫、というので急いで電車を降り、駅構内のトイレを探したら、見つけたのはどうやら最新型のトイレなのか、扉がゆるくカーブしたステンレス製。把手もボタンもないから、どこをどうすれば中に入れるのか、さっぱり見当がつかないものだった。どうやらこの扉を開ければトイレがあるらしい、というのはピクトグラムからわかるけれど、扉の開け方はどこにも書いていない。母は、脂汗をかくほどに切羽詰まっている。せっかく「ああ、見つけた!」と思ったのに入り方がわからなくて、もう母はパニック状態。どこを押しても、いろいろな角度にスライドさせようとしても、扉はビクともしない。近くを歩く人に聞いてみようとしても、フランス語はしゃべれないし、面倒臭がられたのか誰も頼りにならなさそう。ルーブル美術館でも体感したように、フランスは街にトイレが少ないみたいだから、他のトイレを探すのは現実的じゃない。母からは余裕のなさが伝わってきて、わたしもとにかく開けねばと必死になり、まさか扉に体当たりするのか・・・?などとわけのわからない考えが頭をめぐり始めた。

 その時、ふと見つけたのは、扉の横の部分に、何かカードのようなものをスライドできそうな溝の存在。

  わたしが小学生のころから好きだったゲームは、任天堂の、ゼルダの伝説シリーズだ。アクションRPGで、ダンジョンに入って行って、そこで敵を倒し手に入れた武器やアイテムを使い、謎を解き、ボスを倒していくーー。

 そうだ、いつだってダンジョンを攻略するには、そのダンジョンで手に入れた小さな鍵とか、アイテムが重要なんだ!それを思い出したわたしは、手に持っていた電車の切符を、トイレの扉の横の溝に、すっとスライドさせた。この切符が、このダンジョンの「ちいさな鍵」にちがいない!

 ガタン、と音がしたかどうかは覚えていないが、ともかく、扉が開いた。母は一目散にトイレに入って行った。頭のなかでは、謎を正しく解いたときの効果音が聞こえていた。

 別にゲームをしていなくても、ちゃんと落ち着けば扉は開けられたかもしれない。

 そもそもそのトイレのデザイン設計が悪かっただけだ。

 あらかじめフランスのトイレ事情を調べておけばよかったじゃないか。

 そんな風にも言えるかもしれないけれど、わたしは、ゼルダで散々遊んだからたどり着けたことだったと思っているし、海外旅行という非日常と、テレビゲームという非現実がそのトイレで交わった感じがして、面白かった体験として覚えている。ゲームをしていたから味わえた感覚だ。

 

 トイレから出てきた母は、よく気づいたね、とわたしに声をかけた。

 「ゼルダやってたから、わかったよ。いま手に持っているアイテムを使えばいいんだって」 

 母は笑っていた。父は少し驚いていたと思う。さあ、一件落着、次の目的地へ、わたしたちは向かう。

 

 

 ああ、わたしったら、ゲームの話をするつもりが、またトイレの話書いていたのか。けれども、トイレ好きなんでね、これからも時折書いていくことになるかと思う。何しろ、最もネタが思い浮かぶ場所がトイレかお風呂なのだからーー。