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ハロウィンの夜

 今日の昼下がり、自宅目の前の商店街がいつにもまして賑やかだった。子ども達の、笑い声、ママらしき大人たちの、笑い声。窓からそっと外を見ると、仮装した姿の子どもたち。そうか、今日をハロウィンにしているのか。

 本来ならば、明日の夜、つまり10月31日の夜がハロウィンだ。いよいよ夏が終わるこの晩に、死者の霊が来たり、魔女が出たりするから、火を焚いて身を守ろうとした、というようないわれを聞いたことがある。その元は、ケルト人の言い伝えなのだそう。

 これまでにも時折書いたことはあったけれど、九歳でアメリカに滞在したときにはハロウィンは子どもにとってワクワクするイベントの一つ。当時アメリカでポケモンが流行り始めていたから、ピカチュウの着ぐるみを母に作ってもらい、近所の友だちと一緒に家を一軒一軒まわった。当時は英語での会話なんてほとんどできなかったので、ようやく覚えた "trick or treat!" 以外は、「ピカチュウ」と鳴くことに徹した。たぶん、ポケモンだって流行り始めた最初の時期だったから、知らない人も多かっただろう。「あなたは何に仮装しているの?」などとも聞かれたかもしれない。私は何を言われても「ピカチュウ」とだけ言った。よく考えてみたら、「何に仮装しているの?」に対して「ピカチュウ」という回答は、多少不親切でも間違ってはいないのだけれど。ピカチュウみたいな "かわいい" 仮装をしている子なんて周りにはいなくて、友達は「手術に失敗した外科医」とか「ゾンビ」とか「魔女」とか、そういう、ちゃんとしたホラー色の感じられる仮装だった。ピカチュウも一応ポケット「モンスター」ではあるが。

 夕方から夜にかけて、ご近所を練り歩き、ドアをごんごんごんとノックして、おやつをもらう。一晩で、たしか2〜3kgものキャンディーやチョコレートをもらったと思う。今もそうだが、そこまで甘いものが大好きというわけでもない私にとって、アメリカの、唾液がいくらでも溢れてきてしまうようなあっま〜〜〜いキャンディーやチョコレートは、積極的に食べたいものではなかった。せいぜい、日本でも食べたことがあったキットカットを少し食べたいかな、くらい。ほかの、チョコレートの中にキャラメルが入っているようなものとか、よくわからない味のグミとかは食べたがらなかった。結局、父がほとんど消費してくれたと思う。

 そのときは、日頃からご近所付き合いがあるお家だけを訪れる、というようなお行儀の良いことはせず、家のエントランスや庭をハロウィン仕様に飾り立てている家なら知らない人の家にも訪れ、「trick or treat」という脅し文句を突きつけていた気がする。それで、一握りのチョコレートをもらい、ターゲットを次の家に移す。今の社会では、いくらハロウィン風に家を飾っていても、知らない人の家にもらいにいくようなことは避けるのではないかと思う。よほど、町会とか仲間内で示し合わせていない限り。世の中全体が、今より平和だったのだろう。

 帰国後、何年生の頃だったか、地元の仲良したちでハロウィンをやったときは、あるママが「trick or treat」に応えて家から出てくるとき、切ってお皿に並べたピーマンを持ってきた。「このピーマン食べたらおやつをあげるよ」。ママはそう言った。わたしはピーマン嫌いじゃなかったから、その条件に甘んじることにし、一切れ食べて、晴れておやつをもらった。でも、よくよく考えたら、先に条件を出しているのはこちらだ。「素直におやつをくれないなら、いたずらしちゃうぞ!」といってなにかいたずらをしても良かったのかもしれない。そういうことに気づかない、ずる賢さのない子供だったということにしておこう。

 

 実家には母が飼う白っぽいふくろうがいて、わたしはわたしで、大学院生の頃に買った、ハリーポッターにも通ずるような黒いローブを持っている。その気になればハリーポッターの仮装はできる。けれども、まあ、良い歳なので、控えておこうか。