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ノート × 朝 でうまく一日を過ごす

文章を書くこと 工夫 エッセイ

 以前、情報カードが良い味方、ということを書いたけれども、同時にノートも今最強の味方になっているので、それについて書こうと思う。

 何か、長編を書きたいときや、構成が複雑なときには、情報カードが良い。なぜなら、縦に横に並べ、それを並び替えたり、一部を捨てたり新しいのを作ったりと、自由自在感が強いからだ。一方で、日常のことは、ノートで事足りる。スケジュールもネタ帳も、買い物メモもtodoも、だいたいは一冊のノートで補うことにしている。その前はほぼ日手帳を愛用していたけれど、結局はノートになった。昔は日記的に使っていたからほぼ日がバッチリだったが、一日に何ページも使いたい日や、何も書かない日が出るようになり、「一日一ページ」という縛りが煩わしくなってしまった。

 いま使っているのは、RollbahnのA5サイズのリングノート。表紙と裏表紙が厚いのと、ゴムバンドが付いていて、ページを閉じて置けることが良い。

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 ただ、頻繁に開けなければいけないページにすぐにいけないのが不便だったので、最後のページにリボンを貼って、それをしおり代わりにしている。もっと大判のしおりをはさんだりもしてみたけれど、落としそうなので、ノートについているリボンを主に使うことにした。

 このノートが良いのは、ページが真っ白ではなく薄黄色っぽくなっていて、タテやヨコの罫線ではなく、方眼が入っているところ。方眼で数えると、35行*25列。間にリングは挟まってしまうが、見開きで使ってもよし、片面で使ってもよし。おなじRollbahnのA5で、ページの最初の方にマンスリーのカレンダーが入っているものがあるが、値段が高かったのでやめた。せっかく方眼が入っているのだから、カレンダーくらい、自分で書けば良い。

 ブログをはじめ、2000字前後くらいまでのエッセイやコラムを書くならば、情報カードはやりにくい。そこまで情報を詰め込む文章にはならないから、構成を考えるのも、ノートの方がやりやすい。「今日はそもそもどんなネタがあるか書き出そう」と思えば、ある一ページに、キイワードや出来事についてとにかく書く。ブレインストーミングのようなものなので、綺麗に箇条書きにする必要すらなく、途中まで箇条書きだったのに、途中からマインドマップ的に情報が派生することもある。

 そのあと、一つのネタを決めて、これを書こう、となれば、5行くらいずつ開けて、まずは全体の構成を書く。章立てのようなものだ。ノートの一番上には、そのエッセイのタイトルと予定の文字数を書く。その下に、ざっくりとした構成を書く。ページの上をタイトルに使い、各段落のタイトルを5行ずつあけて書くと、だいたい5段落分になる。そこに、具体的なものを埋めたり省略したり。

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 ほかにも、ノートに書くのは、なんでも。そして、A5と小さいので、どこへいくにも持ち歩く。最近は、ハガキセットとこのノートが、外出必需品となった。カフェに入ると、todoの見直しをして、そのあと誰かにハガキを書く。スマホはあまり見ない。それが習慣になると、やらなきゃいけないことを忘れることが減った気がするし、「ついでにあれをやろう」という他の用事も思い出せるから、余計に物事が進むように感じる。

 そして、このノートを朝起きてすぐに開くと、その日一日、物事がよく進む(ことが多い)。ちょっと調子が悪かったりして、ノートを開くのが遅れると、なんとなく一日がダラダラと過ぎてしまう。スピリチュアルな何かがある、というのではなく気持ち的な問題なのだろうけれど、朝、このノートと向き合うのは、大切な気がする。

 こんな風に書くと、いつでもどこでもノートの人間に見えるかもしれないが、実のところそうでもない。丸一日開かないときもあるし、何も書きたくないときもある。ノートはあくまで考えるための道具、記録のためのメディアであって、何かを体験したり、感じたり、考えるのは、結局は自分自身。ときにはノートもかなぐり捨てて、体当たりで何かに向き合うこともあるのだ。むしろ、リアルとの体当たりがあって、ノートが活きるともいえるかもしれない。それがなくちゃ、ノートに書くネタもなかなかでてこないのだから。