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無線な世の中

思い出 エッセイ

 今どきの若いひとは、パソコンなどを使っている時の「保存」のアイコンが何の形なのかを知らないという。わたしは、ガンガン使っていた訳ではないけれど、よく知っている。フロッピーディスク。中学のとき、ある作文の先生は、作文の提出を原稿用紙ではなく、フロッピー提出と課した。だから、今もどこかに、中学の頃の青臭い作文が入ったフロッピーが自宅にあるはず。

 音楽を流すには、カセットテープだったし、テレビを録画するならビデオテープだった。チャンネルをなぜ「回す」というのか、というのは、知識としては知っているけれど、実際にテレビのチャンネルのつまみを回したことはなかった。

 世の中、色々な技術がどんどん生まれ、古い技術は廃れていく。そんな流れの中で、そもそもなんでチャンネルは「回す」だったの?というような感じで、言葉だけが古いままで残るということが、よくあるようだ。確かに、今どき下駄履いている人なんてほとんど見ないけれど「下駄箱」という言葉は聞くし、普段なにか書くのに筆を使う人は少ないけれど、ペンを入れるのは「筆箱」だ。今どきは「ペンケース」なんて呼んだりもするけれど、日本語で言うならば、というとやっぱり「筆箱」だろう。靴やペンが下駄や筆よりも普及したという事実も、「下駄箱」や「筆箱」という言葉を本当に淘汰するにはまだ弱いようだ。

 

 自宅には、夫がこだわりをもって選んで買った、割と良い値段のマウスと、わたしがアマゾンで選んだ安いマウスがある。マウスというのはもちろん、ミッキーさんの方ではなく、パソコンを操作する、マウス。どちらもパソコンに、USBの小さい端子を挿して、無線で使えるタイプだ。さすがは夫が選んだ方のマウスは、手のひらにぴったり沿うような形で、使いやすい。動かす時もなめらか。一方わたしが昔買った方は、コンパクトで、安くて、動けば良いってやつ。

 ふと、マウス片手に、「あれ、なんでこいつは『マウス』なんだ?」と思った。確かに大きさはネズミっぽいけれど、耳があるわけでもない。少し考えて、思い出した。無線になっちゃったから、マウスのマウスたる所以がなくなっちゃったのだ、と。パソコンに繋がる長〜い尻尾(コード)があって、手でチョロチョロ動かすからマウス。そうだったはずだ。今わたしの手のひらに収まっているマウスは、その身体的特徴であったはずの尻尾が、物理的に存在しない。無線の、ちから。

 

 まだまだ、有線のマウスも市場には出回っている。けれども、無線の方が優勢になりつつあるのだろうか。iPhone7が無線のイヤホン・ヘッドホンを想定しているということもあるように、世の中は無線に傾いている。別に、市場調査をしたわけではないから、不確かだけれど。リモコン一つで、とか、スマホさえあれば、みたいに、なにかと物理的に繋がっていなくても操作ができてしまう技術はもう私達の生活に深く浸透しつつある。

 わたしが子供の頃家にあったマウスは、有線で、ひっくり返すとボールみたいなのが埋まっていて、それの動きがパソコンのカーソルの動きの入力になっているものだった。ボールが埋まっているところは汚れが溜まりやすいんだなあ・・・と思った記憶がある。どこに目をつけていたんだか。今は、そのボールすらない。

 

 いつか、「マウスってなんで『マウス』って言うの?全然ネズミっぽくないじゃん」と言われてしまうようになるのだろうか。(まさか、若い人はすでにそう思っているのだろうか。)いまここにある、無線のマウス。こいつを「マウス」以外に名付けるとしたら、なんという名前になるだろう。今考えれば、パソコンのカーソルを自在に動かすための片手用のコントローラーに「マウス」という名付け、すごく可愛いものだったんだなあ。