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火の用心

 先日の糸魚川での大火事は、テレビで見ていて本当に痛ましかった。あんなに、炎は大きくなるものなのか。人間が簡単に消せるものではないのか。人間の無力さを感じた。こんなに様々なことを人間がコントロールできる時代になっているように見えるのに、一つの火が、あんなにたくさんの建物を燃やしてしまったのだ。

 よく考えれば、去年はわたしが住んでいるアパートの裏の建物が全焼したんだった。運良く他の家には飛び火しなかったけれど、しばらくの間、わたしのアパートもかなり煙の匂いが残っていた。やっぱり、冬の乾燥と風は恐ろしい。「ひのよ〜じん!」と響く声にノスタルジーを感じるだけじゃなく、ちゃんと気をつけようと思う。

 今年は、チーズトーストとかを炙りたくて買った手持ちのガスバーナーが逆噴射して怖い目にもあったんだった。キッチンのシンクの近くにいたし、一瞬で消せたから何事もなかったけれど、ガスバーナーの逆噴射というのは今考えても恐ろしい。安物を買うんじゃなかった。調子がおかしいときは、素直に捨てた方が良いみたいだ。

 

 イギリスで大学の寮にいた頃は、防災意識が強かった。ひとたび火災報知器が鳴ると、寮にいる全ての人が一度外に出なければならない。シャワーを浴びていようが、寝ていようが。なんともないとタカをくくって寮に残るとかなり怒られるらしい。そして、火災報知器はかなり敏感に設定されていて、「アジア人の学生が炊飯器で米を炊こうとしたら蒸気で火災報知器がなってしまったことがある」という逸話まで聞いた。「だから、炊飯器は使わない方が良い」とまで言われた。それが本当かはわからなかったけれど、結局一度も、寮の中で炊飯器は使わなかった。

 クリスマスの朝。しかも、けっこう早い朝。それは鳴った。ケーキかなにか焼こうとして、焦げたのだろうか。寮の学生が眠たげな目をこすりながら外に出てきた。わたしのイギリスでのクリスマスの思い出の一つは、朝から鳴った火災報知器だった。

 そうそう、日本人同士で材料を持ち寄って、フライパンでお好み焼きを作ったときにも、鳴ったんだった。お好み焼きでも鳴ってしまうのだから、サンマなどは到底無理だろう。

 クリスマスの朝に鳴った火災報知器は睡眠時間を奪われて恨めしかったが、ほんとの火事の怖さを思えば、大したことはない。改めて、火の元用心を心に刻むクリスマスとなった。