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鳥の目・虫の目ekiden

エッセイ 季節

 お正月の定番、箱根駅伝。ekidenと書くと、けっこうローマ字感がなく、外国語っぽい。留学中を除き、ここ10年ほどは毎年観ている。一時期はコースのすぐ近くの神社でお正月にお手伝いをしていたことがあったので、その頃は生で観戦もした。

 テレビで見れば、あれは、ただ人が順番に走っているのを見ているだけではない。誰選手の父も元駅伝ランナーだった、とか、何年ぶりの区間記録とか、どれだけの苦しい練習を経ての本番とか、それでタスキが繋がるか否かとか、あらゆるドラマがある。そのドラマに、つい熱くなって見入ってしまう。

 ただ、街頭で生で観戦するときは、ただただ、ビュンビュンと、脚の速い人が目の前を通り過ぎていく。上をずーっとヘリコプターが飛んでいるので、選手が近づいているのが、ヘリコプターでわかる。ヘリコプターが来てしばらくすると、誘導する車がきて、ようやく選手。でも、実のところ、選手の顔なんてほとんど見えない。混みあっているし、かなり速いスピードで走っているし。往路はともかく、復路だと、選手同士の距離もあいていて、一人が通り過ぎたあとはまたしばらくシーンとしていることもしばしば。目の前で、抜くか抜かれるかの戦いが起きていない限り、生で見るには、すこしばかり地味な競技だ。

 だから、街頭で見るときは、近くにラジオを持っている人がヒーローになる。それか、ワンセグなど、携帯でテレビを見られる人。そういう、全体図を解説してくれる媒体がなければ、ある定点だけから観る駅伝というのは、よくわからないスポーツなのだ。

 次々と中継車を変え、カメラを変え、動きがないときには様々な解説を入れるテレビやラジオは、箱根駅伝という一つの競技を、飽きさせない、魅力的なスポーツ中継にしてくれている。でも、ただコース脇に立っている一人の観戦者は、ミクロの視点でしかレースを観られない。このレースは俯瞰的な鳥の目の情報があるからこそ楽しめる競技なのだと改めて感じた。