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ロボットとヒトとコトバ

エッセイ コミュニケーション

 今読んでいる本の一つが、ブライアン・クリスチャン著『機械より人間らしくなれるか?』という本だ。原題は "The Most Human Human"。壁の向こうでチャットしている相手が、思考することができる人工知能(ボット)なのか、人間なのかを、審判員がチャットを通して判断するというイベントに、チャット相手の人間として参加したときのことを書いた本だ。まだ読み始めたところだが、すでに面白い。

 ロボットならばいつだって定型的なことしか言わない、曖昧なことはわからないだろうと思いがちだが、大量に収集された人間同士のやりとりをデータベース(コーパスという)としてもち、それを基に返事を繰り出す人工知能は、かなり「人間らしい」。たとえば、「こんにちは」という挨拶に対して、これまでにどんな応え方がありえたかというのがデータに登録されている。そのまま「こんにちは」と返すものだけでなく、「よう」とか「お疲れ!」とか、「やあ」とか、「どうも」とか、「やっほー」とか、人間同士のコミュニケーションで実際に使われた語彙が選ばれるから、チャット相手に「こんにちは」と送って「やあ」と返ってきたとして、相手がボットなのか人間なのか、本当にはわからないのだ。

 でも、その中で特に興味深かったのは、毎回発言に対して「適切な」返事をできるボットでも、「文脈を保つ」のは難しい、ということだ。この点に関しては、確かに、人間を人間たらしめるポイントかもしれない。人間同士の会話は、連想から連想が重なり、話題が一度逸れたとしても、また前と同じ話題にスッと戻ってくることができる。これは、ロボットには難しいことのようなのだ。

 英語と日本語の間で翻訳をしようとするときにも、文脈をしっかり読み取り言語を切り替えるのは確かに難しい。どの言語にも多義語はあるから、一つ一つの言葉が、辞書てきに多様に定義できたとして、どう訳せば意味が伝わるか、しっかり考えなくてはならない。以前、自動翻訳ソフトを使ったことがあるけれど、やはりなかなか本当に意図したニュアンスを伝えるには堪えなかった。また、先日ツイッターで、日本の電車の駅の名前をグーグル翻訳で英語にして、それをさらに日本語にグーグル翻訳で訳して、というのを10往復した、というものを見た。そもそも、本来は駅名なら、固有名詞だから意訳は不要だが、ロボットにはそれはわからない。だから日暮里駅は最終的に「日本」になっていたし、幕張駅は「カーテンを入れた」になっていた。

 わたしのiPhoneに入っているSiriも、ちんぷんかんぷんの時もあるが、面白いときもある。それに、人間同士だって意図が伝わらずやきもきすることはあるけれど、ロボット相手とは訳が違う。とはいえ、柔らかく文脈を読み解き、コミュニケーションをとることができるのは、人間の大切なチカラのようだ。