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早春ハンター

 今日は昨日よりうんと寒くて、風がビュンビュンしていた。こんな日こそ、春の訪れが近いことを感じたい、体を動かして体の内側から温まりたい。そう思って、春のハンターの装備を揃え、自転車に乗った。

 春のハンターの装備とは、川辺などに生える野草を採るための一式だ。今日は、リュックサックの中に、獲物を入れるためのビニール袋大小一つずつ、軍手、タオル、手ぬぐいに、ポケットティッシュ、地図を見たり写真を撮ったりするためにスマホ、飲み物のお茶、おやつにチョコレートを詰めて出かけた。服装は、汚れても良いジーンズにセーター、その上に、ダウンコートを着て、手袋と耳当て。家を出た瞬間から寒かったけれど、自転車に乗っている間に温まるだろう、ということで、喜び勇んで家を出た。時間は、お昼すぎのこと。

 向かったのは、隅田川と荒川が近づくあたり。そのあたりに行けば、隅田川の川辺も荒川の川辺もチェックできるから。

 耳当てはずり落ち続けて、結局自転車のカゴに収まった。家を出て、しばらく経って、風が体に吹き付けて、体は汗を描くのに、耳と鼻は冷たくなる。河川敷まで来ると、冷たい風は一層強くなり、自転車の車体が横からの風をもろに受け、なかなか前に進まない。ひいひい言いながら、ようやく、目的地の緑地まで来た。

 けれど、ノビル一本さえ生えていない。ちょぼちょぼと目に入るヨモギも、いかにも元気がなさそうだ。地元の千葉の方ではヨモギも生え始めているらしいが、こちらはまだ早かったようだ。それに、河川敷や公園は、どこも管理が行き届いていて、芝刈り機が通った後のようになっている。これでは、育つ野草もすぐ取っ払われてしまうだろう。東京では、野草採取は難しいようだ。

 これでも、府中に住んでいた頃は、野川沿いで草摘みができた。よもぎ餅を自作したりもした。有川浩の『植物図鑑』に出てくる男の子じゃないけれど、わたしだって、野草は詳しいつもりだし、実践もけっこう積んでるから、ハンティングを楽しみにしていたのに。東京の東の方では、気軽に実践というわけには、いかないようだ。

 およそ一時間半のサイクリングで、かいた汗も冷え、陽は傾き、体がじわじわ寒くなって、しかも獲物袋であるビニールは空のまま、結局家まで帰って来てしまった。寒くて、疲れて、帰り道は自転車で出て来たことを後悔した。わたしを追い抜いた、あのバスに乗れば家のすぐ近くまで行けるのに・・・!そんなことを思いながら、それでもペダルを右、左と順番に漕いで、いえまでどうにかたどり着いた。

 家に着くと、ひとまずコタツに潜り込み、熱いお茶を飲み、さらに熱いスープを飲み、その後さらにお茶を飲み、ようやく温まった。キッチンのシンクには、今日採集できるはずだった野草を洗うために用意しておいたバケツがあったので、そこに熱めのお湯を溜め、手をざぶんと浸け、足湯ならぬ手湯を楽しんだ。冷えによる身体中の緊張がほぐれて行った。

 新年に皇居で行われる歌会始というのがあるが、今年のお題は「野」だったそう。皇后さまが『土筆(つくし)摘み 野蒜(のびる)を引きて さながらに 野にあるごとく ここに住み来(こ)し』という歌を詠まれたという記事を読んで、ああ、皇居でもつくしやのびるが生えて、皇后さまがそれを摘むこともあるのかなあと想像した。わたしが子供の頃に楽しんだ春のワンシーンを皇后さまがお詠みになって、なんだか自分の幼少期の思い出が高尚なものにすら感じられる。そういえば去年の春、皇居のお堀近くでつくしが生えているのを見たんだった。そうか、そうか、皇居の内側にも、つくしは生えているんだ。この歌に触れて、野の遊びが、さらに好きになった。

 今日は獲物ナシだったけれど、また狩場を変えれば良いだけ。次は、どこへ繰り出そう。勝手に草木を取らないように、という看板があちこちに掲げられているし、東京は、野草ハンターには苦しい町だ。でも、ぜったい自分で、ノビルもヨモギもふきのとうも、摘みたい。