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8/3は何月何日?

言語 思い出 文化の違い

 ページ構成がカチッと決まった、いわゆる手帳というものを使わなくなって、二冊目のノートに入る。一冊目は、必要になった時にその月のカレンダーを手書きしていたのだけれども、そうすると数ヶ月先という予定が全然見えなかったので、今回は、ノートの最初の見開き12ページに、1年分のカレンダーを書いていった。手で線を引き、曜日を入れて、日にちの数字を入れていく。それを12ヶ月分。地味だけど、作業をしながらあれこれ考えるのが楽しい。このころは何々をしているような時期だなとか、これくらいの時期にどこに遊びに行きたいな、とか。

 そうやって「日付」というものと向かい合っている間に、一つの記憶が蘇った。それは、8歳で、両親に連れられ、アメリカに行った頃のこと。現地の小学校に入って、確か、最初の日だった。職員室のような場所で、先生がわたしに、誕生日を聞いた。わたしの誕生日は8月3日なのだけれど、それを表現できる英語がわからない。いや、「エイト(eight/8)」と「スリー(three/3)」くらいは、言えたかもしれない。でも、8月を意味する「オーガスト(August)」なんて知らなかったし、3日という時には「スリー」ではなく「サード(third/3rd)」と言うというルールも、知らない。困って、紙に「8/3」とだけ、書いた。これなら、通じるだろう、と。そうしたら、「え?三分の八?」みたいな反応をされ、すっと理解をしてもらえなかった。日本の小学校では、分数は、分母の上に分子、と、上下に書くけれど、アメリカでは、1/2みたいに、スラッシュの左が分子、右が分母という書き方だ。だから、わたしは三分の八という分数を書いただけということになったらしい。なんでこれで通じないんだろう、と、当時のわたしは驚いた。まさか、漢字が通じるわけないから、「8月3日」と書くわけにもいかない。そうすると、唯一通じそうな表現は、「8/3」だけだったのだ。

 そのあと、どうしたのかはあまり覚えていない。多分、先生が絵とかが入ったカレンダーを見せてくれて、そのカレンダーの、8月3日のところを指差したんだと思う。そしたら先生が、「ああ、オーガスト・サードね」みたいに言ってくれたんだろう。このやりとりの前後は覚えていないし、先生とわたし以外に周りに誰がいたかも覚えていない。でも、誕生日という、シンプルな情報すら、簡単には通じないのだということをひしひしと感じさせられた瞬間だった。

 

 今になって思い返してみれば、先生は多分、「8/3」と書いた時点で、8月3日と伝えたいことは分かっていたのだと思う。でも、アメリカじゃあそれが通じないのよ、ということを教えたくて、わたしがなんとか「オーガスト・サード」にたどり着くまで、いろいろやらせたのだろう。先生の、スパルタ的にも見える、「なんとか答えに辿り着かせる」方法は、その瞬間から20年近く経った今でも思い出せるくらいの印象をわたしに与えた。その時の一回で、「オーガスト」という言葉も「サード」という言い方もバッチリ覚えられた訳ではないと思う。でも、その時の一回で、「エイト」と「スリー」では通じない、ということはしっかりわたしに伝わっていた。

 余談だが、もしこれがイギリスだったら、「8/3」は3月8日と読まれてしまっていたことだろう。アメリカだったから、「8/3」を経て、カレンダーと照らし合わせて、オーガスト・サードにたどり着けた。だいたい、イギリスの日付の書き方は、日/月/年の順だ。だから、「8/3」と書いてしまうと、年を省略した、日/月と読まれてしまう。日本は年/月/日、アメリカは月/日/年で、イギリスが日/月/年。全部違うからややこしい。書類に誕生日を書く時にも、□□/□/□を見ただけで、安易に順番を予想してはいけない。どの国の書類かによって、月/日/年だったり、日/月/年だったりしてしまうのだから!