塞いでいたもの

 一年くらい前からだろうか、親たちが、もう80過ぎの祖母の耳が悪いんじゃないかと心配し始めた。祖母は、視力や聴力を始め、体が健康なことが自慢で、「誰々さんに、健康でいいわねって言われたのよ〜」といつも嬉しそうに話す。それでもやっぱり、電話をすると話が通じていない感じがしていて、耳鼻科に行くことを勧めたりしていた。健康自慢の祖母にとっては、補聴器などは不名誉なイメージなのか、なかなかすんなり受け入れるというわけにはいかないようだったけれど、ともかく、なんとなく会話がずれているなあと思いながらも過ごしていた。

 今日、久々に祖母のところへ遊びに行き、一緒に昼ご飯を食べ、楽しくおしゃべりしていた。そんな中、母が、電話がやっぱり聞き取りにくかったようだけれど、携帯の設定がおかしいのかな、見てみようか、と提案した。ちょうど昨日、耳鼻科に行って、先生がなんの問題もないと言ってくれた直後だったけれど、どうも電話は会話がずれる。だから、携帯の通話の設定がおかしいんじゃないか、と思ったそうだ。祖母の携帯はシンプルな機能だけが使えるようなガラケーで、そんなに古くない。故障ではないにしろ、何か思わぬ設定変更がかかってしまって、聞き取りにくくなっているのだろうか。ともかく母と私とで、見てみることにした。

 祖母の携帯を手に取り、ぱかっと開く。待ち受け画面は正常に開き、なんの問題もなさそう。携帯を新しく買った時に画面に貼ってある保護シートが貼られたままになっていて、剥がれそうなのを抑える為なのか、セロハンテープが上から貼られていた。何かにつけてセロハンテープで補修したりラベルを貼ったりしている祖母らしいものだった。

 とにかく、どんな風に聞こえているか試したいから、この携帯に電話かけてみてよ。そう母に言って、母は廊下から電話をかけた。祖母の携帯が着信音を鳴らす。着信ボタンを押す。廊下の外から母が話す声が、右耳から直接きこえるのと少し遅れて、左耳にあてた携帯から聞こえる。でも、音はくぐもっていて、聞き取りにくい。やっぱり聞こえにくいみたい。そう母に伝え、電話を切ると、母がリビングに戻ってきた。

 改めて、手に握る祖母の携帯を見る。通話の音量は最大になっているようだ。あれこれ設定画面を見てみても、特に妙なことは起きていなさそう。正常そうに映る設定画面。その上には保護シートがまだ貼られていて、上からセロハンテープがそれを守っている・・・けれど、あれ? このセロハンテープ、耳にあてるスピーカーを、塞いでる?

 「おばあちゃん、このセロハンテープ、音が聞こえてくる穴を塞いじゃってるよ。買った時についてた保護シートが剥がれないようにテープを貼ったんだろうけれど、このシートはなくても良いから、剥がしていい?」

 そう断って、テープをはがし、もう一度、廊下から電話をかけてもらう。

 「もしもーし!」

 聞こえる。音量も、音質も、さっきの3倍くらい良く聞こえる。繋いだまま、携帯を祖母に渡し、母と少し通話してもらうと

 「あ、聞こえる! ずっとよく聞こえるよ!」と嬉しそうに声を上げる祖母。母が廊下から戻ってきた。三人で、笑わずにはいられなかった。なあんだ、携帯の故障じゃなかった。難しいこと、何にもなかった。穴が塞がっちゃ、そりゃあ聞こえないよね。いつの間に、セロハンテープ貼っちゃったんだろう。確かに近頃はいろんな人に、「聞こえてる?」って聞かれたのよ。あはは、あはは、あはははは。すごくシンプルな問題解決で、誰も嫌な気分になることなく、大笑いで一つの課題が達成された。それはすごく嬉しいことで、気持ちよくって、そして、拍子抜けでもあった。若者世代としての、ガジェットの扱いの知恵が試されるかも、と内心ではつい意気込んでいたのだ。

 「音が聞こえにくいんです」なんて、ソフトバンクショップに持ち込まなくて、良かった。お店に持ち込んだ上で原因がセロハンテープだったら、やっぱりちょっと恥ずかしかったと思う。一つの問題が解決したし、大笑いもして(ブログの話題にもなって)、良いひとときだった。