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水もお湯も

言語 風呂

 スポーツジムのお風呂場でよく聞く言葉の一つに「今日はなんだかぬるいねえ」というのがある。面白いことに、暖かいお風呂に入っている人も、水風呂に入っている人も、同じように「ぬるいねえ」と言い合う。それは、どちらか同じお風呂について言っているのではなく、お湯のお風呂も、水風呂も、どちらも「ぬるい」のだ。

 よく考えてみれば、「ぬるい」という言葉は不思議な言葉だ。お茶を淹れて少し経ってしまってからお湯呑みに手をつければ「このお茶、ぬるい(冷めてしまった)」というし、真夏日にグラスに注いだ麦茶の氷が溶けてしばらく経っ手から手をつければ「この麦茶、ぬるい(生暖かくなってしまった)」という。じゃあ、不快な温度のことを「ぬるい」というかというと、そうでもなさそう。「お酒はぬるめの燗がいい」と、八代亜紀も言っている。猫舌の人だって(わたしもその一人だ)、「ぬるい」というのが望ましいことも多いだろう。

 適温よりも低い時も高い時も「ぬるい」という言葉を使えるのに、ほぼ間違いなく、「ビールがぬるい」といえばキンキンに冷えていないビールを想像できるし、「味噌汁がぬるい」といえばそれが冷めてしまっていることを想像できる。「ビールがぬるい」=冷えすぎ、「味噌汁がぬるい」=熱すぎと解釈することは滅多にないだろう。

 英語で似たパターンを考えてみたら "few" という単語を思い出した。基本的に「少ない」とか「ほとんどない」という意味で使う一方で、 "quite a few" という言い方などの場合には「かなり多くの」という意味にもなる。英語を勉強していた時は、多いんかい、少ないんかい、とツッコミを入れたくなった。日本語学習者にとって「ぬるい」も似たような感じなのだろうか。「ぬるい」という言葉の示す曖昧な不満感は、なんだかとても日本語らしい感じがする。そういうくっきりとしない言葉、日本語には他にもたくさんあるんだろうなあ。