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リスニングの力

 大学受験の時にも英語のリスニングというのは得意だったし、大学院でイギリスに留学するために受けたIELTS(イギリス版のTOEFLのような試験)だって、全体的には苦戦したが、リスニングは比較的すぐに合格ラインを超えるスコアを取れるようになったけれど、やっぱり試験と実践は違う。今日は久々に思い知らされた。

 試験の時は、「聞き取るぞ」という意志を持って聞こうとするし、なんならあらかじめ問いもわかっているから、聞く前から何が聞こえてくるのかはわかっている。そうでなくて、イギリスに留学している間の生活の中では、四六時中英語に囲まれていたので、「心の準備」なるものはもはや不要だ。イギリスに住んで最初の一ヶ月は、夜寝ると夢が英語になって狼狽したけれど、いつしかそれも忘れるくらいには英語の環境にも慣れた。そこに住む限り、いつだって、声をかけられる時は英語が前提なのだから。そういう生活を、一年間、過ごしてきたはずだった。

 でも、日本で暮らしていて、全然想定していない時のリスニングというと話は別だ。イギリスから、突然携帯に電話がかかってきたのだ。携帯電話に発信元の電話番号は表示されていたから、イギリスからの電話というのはわかっていた。それでも、動揺したのか普通に「もしもし」なんて電話に出てしまった。もちろん、向こうは英語で喋る。どうやら、カレッジからの電話らしいが、焦っているし、国際電話で電波も悪く、ほとんど聞き取れない。どうやら在学中のカレッジでの暮らしについて聞きたかったらしいが、脳内はプチパニックで、気がついたら「今はちょっとタイミングが悪いから掛け直してくれ」というようなことを英語で言って、話を切り上げていた。最近だってアメリカのドラマとかを英語で観たりしていたのに、このザマだ。情けない。

 もともと、英語での電話というのが苦手だ。対面で話している時に聞き取れない情報を補完してくれる、相手の表情とか、その場の雰囲気みたいなものがないし、音質も大抵悪い。英語のリスニングの試験だって相手の表情は見えないが、試験のリスニングは、あくまで試験用、それなりに聞き取りやすいようにはできている。それに、よく考えたら、日本語の時だって、電話ではなく対面の時だって、わたしはよく聞き返す。あるいは、とりあえずわかったフリをして話を進めてしまう。時には隣の部屋の壁にかかっている時計の秒針の音が聞こえるくらいには聴力は良いが、「聞き取り」というのは、全く違う能力なんだと改めて思った。これくらい「聞き取れなかった自分」に言い訳を一通り考えついて、ようやく、気分が落ち着いたところだ。わたしも結構小心者である。

 さあ、おそらく明日、また電話がかけ直されてくる。どうしよう。本当の重大ごとではないみたいだから、いざとなったら居留守を使ってしまうかもしれない。