シホォンケーキ

 近所のスーパーにて。ヤマザキのシフォンケーキがシホォンケーキになって売られていた。

シホォンケーキ

 「シフォン」はフワッと軽くてしっとりしたイメージを感じるが、「シホォン」というと、もっと空気が含まれていて、口に入れるとぱふんと消えてしまいそう。抹茶味の隣にはプレーンの味も売っていたけれど、そっちはちゃんと「シフォンケーキ」だった。「シホォン」でも、伝わるからいいけどね。

八重桜

 ソメイヨシノが一斉に散って葉桜になり、「今年も桜のシーズンは終わりだね」なんてみんな言っている。なるほど確かに、もうお花見をしている人はいないみたい。

 そんな会話を、少し遅れて咲く八重桜はどんな気持ちで聴いているのだろう。こんなに美しく咲いているのに。

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怪しげなアドバイスと人質

 さて、このブログを開くのも、随分久々になってしまった。離れている間に、私は妊娠して、息子を出産した。来週で、息子は生まれて3ヶ月になる。お食い初めも、もう近い。以前のように、毎日ブログを書くというのは、赤ちゃんとの生活の中ではなかなか難しいところではあるけれども、また再開させてみようと思う。今日は、その第一歩だ。

 

 科学というのは進歩していて、日々、あらゆる現象が科学的に解明されているというのに、妊娠出産や子育てについては、まだまだ神秘に包まれているところが多いようだ。それは同時に、様々な俗説や昔からの知恵を生き残らせる結果にもなっているらしい。子育てに困った時の対処法を調べてみると様々なアドバイスが出てくるし、保健師さんや助産師さんといったプロに聞いても、人によって答えは違う。中にはおまじないのようなものもあれば、理屈が通っているように感じられるものもあって、とにかく、自分なりに情報を取捨選択しないと、やっていけないのが、イマドキの育児のようだ。

 例えばーーいよいよ臨月になった時、初産ということもあって、息子は予定日を過ぎても生まれなかった。そんな時、「早くお産が始まるように」と、いろんな人から、いろんなアドバイスをもらった。

・スクワットをすると良い
・よく歩くと良い
・階段を上り下りすると良い
・焼肉を食べるとお産が始まる
オロナミンCを飲むとお産が始まる
・寝ている間に始まることが多いみたい
新月か満月の日はお産が始まりやすい
・大潮の日もいいみたい

などなど・・・

焼肉やオロナミンCなどは、もはやジンクスの域だが、他のものについても、本当に科学的に証明されているかというと、不明だ。とりあえず散歩は好きだったので、一日一万歩くらい頑張ったが、結局予定日を一週間過ぎても生まれなかった。焼肉も、オロナミンCも、一応試したし、新月や満月、大潮の日にも、何も起きなかった。怪しいな、と思うようなアドバイスについても、一応は試したのだ。赤ちゃんが無事に元気に生まれてくれるなら、と思うと、科学的な根拠があろうがなかろうが、とりあえず試す気にはなった。

 結局、予定日を一週間過ぎたところで、血圧も上がったりしてしまったので、これ以上待っても仕方ないということで、促進剤を使ってお産となった。どのアドバイスも、結局わたしには効かなかったのだ。促進剤だけが、お産を助けてくれた。

 今の世の中、簡単に情報を検索できる一方で、情報の取捨選択がどんどん必要になっている。だから、情報リテラシーが必要なのは、百も承知だ。一方で、「世の中の全てのことを科学が解明しているわけではない」と思うと、少々怪しいアドバイスでも試したくなるというのが、怖いところだ。何しろ、「子どものためなら」と思ってしまう。そうすると、藁にもすがる思いで何かできることはないか、と探したくなってしまうのだ。妊娠中、そうやって情報の選択に迫られると、どこか、子どもを人質に取られたかのような気持ちにさせられた。子どもは、確かにわたしの腕の中で眠っている。でも、ネットで検索を続けるうちに、息子は、ネットの人質になってしまうから恐ろしい。犯人(情報)に惑わされずに、堂々と息子を守れるようになる日は、来るのだろうか。

(久々に書いてみたら、やたらカタい文章になってしまった…。仕事向けの文章ばかり書いていたものなあ。これはしばらくリハビリが必要になりそうだ)

蹴らなくなったフクロウ

 少し前に、実家の近くに引っ越してきた。だから、もう下町住まいじゃなくなったけれども、まあ、しばらくは「下町ふくろう」を名乗ろうと思う。

 実家といえば、母がフクロウを飼っている。父が単身赴任していて、わたしがイギリスに留学している間に、一人暮らしになった母が飼い始めたフクロウだ。かわいいけれども、その後、わたしが結婚をして家を出てから、実家に帰るたびにわたしのことを蹴るようになった、ちょっと憎たらしい子でもある。詳しくは、過去の記事「実家のライバル」を読んでいただきたい。

 結婚をしてから蹴るようになった。その態度の変化に驚いたものだった。でも、今度は引っ越してきて、近所に住むようになったら、また蹴らなくなったのだ!

 フクロウには、何が見えているのだろう。あの、何かを見透かしそうなまん丸な目は、どんな変化に気づいているのだろう。わたしがちょっかいを出さない限り、本当に、蹴らなくなったのだ。とても気を使ってソフトランディングして、頭の上に乗ることもある。ライバル関係は解消され、少しずつ、距離は近づいている、と思う。

記憶とは

 「記憶力がある」という時、英単語とか、歴史の年表とか、あるいは人名・人の顔などを指すことが多いと思う。わたしは、そういう記憶力はけっこう弱い。受験勉強でも、そういう勉強の仕方はからきしダメ。一方で、音の記憶力はかなりある方で、英単語や熟語も、参考書に付属するCDをひたすらに聴いて覚えた。ありがたいことに、フォニックスの基礎は身につけていたので、単語の発音を正しく覚えていれば、大抵は正しいスペリングがわかる。だから、とにかく耳で覚えることに集中した。

 人の声も覚えられる方だったから、アタマの中で、誰かが喋る様子を音声として再生できた。音程や強弱、リズムなどがいっぺんに覚えられるので、それを再現できれば、それなりのモノマネができた。ただし、ひとたびモノマネを披露してしまうと、声の記憶が、「自分がモノマネした声」に上書きされてしまう。そうすると、そこからはモノマネのクオリティが劣化していく。だから、一発目で上手いのができたからといって、もう一度やっても全然ウケないのがいつものパターンだ。

 

 昨日、NHKスペシャル「人体」で、脳の仕組みを解説し、記憶がどのように作られていくかということが紹介されていた。脳内の情報のやり取りが電気信号なのだということはなんとなく知っていたけれども、記憶の一つ一つは、脳内のある場所の、電気信号の回路のバリエーションなのだということは初めて知った。回路を作る細胞は、人間は90歳くらいになっても新しいものがどんどん作られるらしい。そして、新しい細胞ができていくと、それが新しい記憶の回路となって、記憶を次々に蓄積していけるそうだ。だから、記憶力を伸ばすためには、その新しい細胞ができていくような生活習慣が必要だと言う。

 歴史の年号や、人の名前といった記憶に弱いと自覚するわたしは、食い入るようにテレビを観た。どうすれば、記憶の回路の細胞が増えるの!

 そこで出てきたのは、何かを食べた時に膵臓が出す「インスリン」と、筋肉が出す、何だったか忘れちゃったけれど、何かの物質が、記憶の回路の細胞を作るために必要とのこと。

 ナレーターが言う。記憶を伸ばすには、正しい食事の習慣と、適度な運動が必要です。

 ーーーそんなこと、小学生の頃から言われている。そして、それがなかなか保てないのが、現代社会というものだ。わたしは、がっかりした。

 とはいえ、小学校で、理由はよくわからないけれども「よく食べ、よく運動しましょう」と言われるよりは、ああやって「脳の仕組み」と絡めて言われてしまうと、納得してしまう気持ちにもなる。そうだな、よく食べ、よく運動をしよう。

 番組内では、脳内の電気信号などを、最新の技術で撮影していた。あんな風に技術が発展すると、自分の脳のどこが活発になっているか、リアルタイムで自分で見られるようになるのだろうか。それは、とっても面白そうだ。

 

 視覚的な情報の記憶は弱くて、耳で聞く、聴覚的な情報の記憶は強い。その違いも、いつか解明されるだろうか。科学の進歩は、やっぱりワクワクする。

学校教子

 随分とブログを書くのも久々になってしまった。気づけば下町暮らしを離れて地元に引っ越してきてしまったし、年まで越してしまった。

 このシーズンといえば、受験だ。わたし自身、中学受験・大学受験・大学院受験と、そこそこ受験戦争の体験はしてきた。そんなわたしが振り返る、受験の思い出とくれば、これしかない。

 

 大学受験でのこと。当時高校三年生だったわたしは、予備校にも通いながら、なんとか勉強をしていた。といっても、たぶん、巷の受験生よりは必死じゃなかったのではないかとも思う。お正月にはテレビも観ていたのだ。

 いくつかの志望校は決まっていた。願書も取り寄せていて、あとは書くだけだったけれども、母が気を利かせてくれ、「あんたは勉強していなさい。願書くらい、書いておいてあげるから」と、引き受けてくれた。

 書類仕事は確かに面倒だと思ったわたしは母に願書を預け、勉強をし、そして、もちろんちゃんと受験票は届き、試験を受けた。英語の長文読解の文章の内容は、お正月のクイズ番組で取り上げられていた、動物の生態についてで、この時ほど「テレビを観ていて良かった〜」と思ったことはなかった。受験には、受かった。

 

 ある日、「内緒にしていたんだけど」と母が切り出した。

「実はね、願書に記入する時に、横に、願書に添付されていた見本を見ながら書いていたのだけれど、見本と願書を隣り合わせにしながら見本に合わせている間に、あなたの名前を書くところに、見本に書いてあったまま、『学校教子』って書いちゃったのよ。

 願書は修正液の使用も禁止だから、二重線を引いて訂正するしかなくって。だから、大学の書類を確認するスタッフは、きっと『学校教子』ってミスに気づいたと思う。試験の前にそれをいったら、怒ったりがっかりしたりするかと思って、言わなかったんだけれどもね。」

 

 たしかに、自分の名前を間違えて見本通りに「学校教子」と書いた願書を出していたと試験前のわたしが知ったら、焦ったし、落ちるかもしれないと思っただろうし、だからこそ怒っただろう。その大学に合格したから良かった。通えたから良かった。

 

 大学を卒業したあと、用事があって、大学の事務室を訪れた。心の隅で「この部屋の誰かは、わたしが『学校教子』と書かれた願書を出したことを知っているのかも」と思うと、思わずニヤついてしまった。もしかしたら、大量にある願書を処理するのにくたびれた職員の誰かに、ちょっとした笑いを提供できたのかもしれない。それならそれで良いじゃないか。そう思えるくらいには、大人になったらしい。

実家のライバル

 フクロウを飼っている母が、ついにフクロウとの暮らしのことを本にし、つい先日、筑摩書房から発売となった。わたしも、その本の中のコラム執筆を担当した。フクロウの名前は、ぽー。これが、可愛い見た目して、けっこう怖いヤツなのである。

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  母がぽーと暮らしはじめて4年になるが、一緒に暮らしていないわたしが知っていて、母が知らない瞬間がひとつだけある。ぽーの獲物になる、その瞬間だ。

 はじめてそれが起きたとき、何が起きたかわからなかった。不意に後頭部に重みのある衝撃。硬く鋭利なものが当たる感触。一瞬あとにぽーが飛び去るのが見え、やっとその衝撃の元がぽーであり、頭皮に感じた硬いものは、あのするどい脚の爪だったということを知った。「痛い!」の声にすぐに母が駆けつけたけれども、ぽーはとっくにカーテンレールの上に立ち、知らん顔だ。

 出血しているのではないかと、頭をまさぐったが、血は出ていない。それにしても、まるで居ないように静かに昼寝をしていたぽーが、いきなり蹴飛ばしに来るなんて! 最初は「接触事故」かと思ったけれど、2度目、3度目と蹴られるうちに、ぽーは母の目を盗んで、わたしを狙って蹴っているのだということがわかった。その1日のうちに7回も蹴られて、以来、実家のリビングは油断ならない「戦場」へと変わった。

 実家の玄関から廊下を通ってリビングに入ると、ぽーはたいてい正面にある食器棚か、窓沿いのカーテンレールのうえにいる。歩を進めると、まん丸の目が、わたしを見つめる。真剣に見つめるその顔は真正面にわたしを捉え、体をかがめ、前のめりになる。

 体をかがめるのは、飛びかかる準備だ。頭を低くしたまま、狙いを定めるように、じいっとわたしを目で追う。ほんとに飛ぶ瞬間には、勢いをつけるために、さらにもう少しグッと頭が下がる。そうして、立っていた場所を脚でグンと蹴り、翼を広げて飛び立つのだ。

 わたしも少しは学んだ。少しでもこちらが目を逸らせば、ここぞとばかりにぽーは飛んでくる。だから、最初にぽーの頭が下がった瞬間から、にらみ合いが始まる。下手に動くと蹴られる。剣道家同士が互いに竹刀を構えたまま機を待って牽制し合うような緊張感が、ぽーとわたしの間に漂う。わたしはすり足でじわじわと壁際を目指す。部屋の空間の中心部がぽーの「制空権」の範囲で、低いところや壁際は比較的安全なのだ。わたしがソファで大人しくしている限りは、ぽーにも狙われない。

 ぽーは、わたしの頭のやや上を狙う。猛禽類が獲物を狩るために飛びかかって組み伏せるというような感じではない。それよりは、通りがかりざまに蹴っ飛ばして飛び去っていくというスタイルだ。

 ぽーがいよいよ痺れを切らして勢いよく飛び出す瞬間、今度はわたしがフッと頭を下げる。すると蹴りは空振りに終わり、ヤツはむなしく反対側のカーテンレールに飛んでいく。その間にわたしはササッとソファへ移動する。ひとたびソファにたどり着けば、防衛しきったわたしの「勝ち」だ。あとはそこにいる限り、リラックスできる。

 ただし、ソファへの移動が遅ければ、ぽーは向こうのカーテンレールに着くなり、身を翻してタッチアンドゴーで再発進し、復路でわたしの後頭部を狙う。この切り返しが、実に素早い。それで結局、実家に半日いる間に何度も蹴られてしまうのだ。

 先日、あまりにわたしが蹴られるので、母は見兼ねて、「これをかぶれば!」とキッチンからザルを持ち出してきた。ザルが中世の兵士の鎖かたびらのような防具に早変わりするわけだけれども、実家に帰ってリビングでザルを被って過ごすというのは、いかにもダサいのである。その姿を不思議そうに、また呑気そうにぽーが眺めるからなおダサい。

 これからも、ぽーとわたしの戦いは続く。