蹴らなくなったフクロウ

 少し前に、実家の近くに引っ越してきた。だから、もう下町住まいじゃなくなったけれども、まあ、しばらくは「下町ふくろう」を名乗ろうと思う。

 実家といえば、母がフクロウを飼っている。父が単身赴任していて、わたしがイギリスに留学している間に、一人暮らしになった母が飼い始めたフクロウだ。かわいいけれども、その後、わたしが結婚をして家を出てから、実家に帰るたびにわたしのことを蹴るようになった、ちょっと憎たらしい子でもある。詳しくは、過去の記事「実家のライバル」を読んでいただきたい。

 結婚をしてから蹴るようになった。その態度の変化に驚いたものだった。でも、今度は引っ越してきて、近所に住むようになったら、また蹴らなくなったのだ!

 フクロウには、何が見えているのだろう。あの、何かを見透かしそうなまん丸な目は、どんな変化に気づいているのだろう。わたしがちょっかいを出さない限り、本当に、蹴らなくなったのだ。とても気を使ってソフトランディングして、頭の上に乗ることもある。ライバル関係は解消され、少しずつ、距離は近づいている、と思う。

記憶とは

 「記憶力がある」という時、英単語とか、歴史の年表とか、あるいは人名・人の顔などを指すことが多いと思う。わたしは、そういう記憶力はけっこう弱い。受験勉強でも、そういう勉強の仕方はからきしダメ。一方で、音の記憶力はかなりある方で、英単語や熟語も、参考書に付属するCDをひたすらに聴いて覚えた。ありがたいことに、フォニックスの基礎は身につけていたので、単語の発音を正しく覚えていれば、大抵は正しいスペリングがわかる。だから、とにかく耳で覚えることに集中した。

 人の声も覚えられる方だったから、アタマの中で、誰かが喋る様子を音声として再生できた。音程や強弱、リズムなどがいっぺんに覚えられるので、それを再現できれば、それなりのモノマネができた。ただし、ひとたびモノマネを披露してしまうと、声の記憶が、「自分がモノマネした声」に上書きされてしまう。そうすると、そこからはモノマネのクオリティが劣化していく。だから、一発目で上手いのができたからといって、もう一度やっても全然ウケないのがいつものパターンだ。

 

 昨日、NHKスペシャル「人体」で、脳の仕組みを解説し、記憶がどのように作られていくかということが紹介されていた。脳内の情報のやり取りが電気信号なのだということはなんとなく知っていたけれども、記憶の一つ一つは、脳内のある場所の、電気信号の回路のバリエーションなのだということは初めて知った。回路を作る細胞は、人間は90歳くらいになっても新しいものがどんどん作られるらしい。そして、新しい細胞ができていくと、それが新しい記憶の回路となって、記憶を次々に蓄積していけるそうだ。だから、記憶力を伸ばすためには、その新しい細胞ができていくような生活習慣が必要だと言う。

 歴史の年号や、人の名前といった記憶に弱いと自覚するわたしは、食い入るようにテレビを観た。どうすれば、記憶の回路の細胞が増えるの!

 そこで出てきたのは、何かを食べた時に膵臓が出す「インスリン」と、筋肉が出す、何だったか忘れちゃったけれど、何かの物質が、記憶の回路の細胞を作るために必要とのこと。

 ナレーターが言う。記憶を伸ばすには、正しい食事の習慣と、適度な運動が必要です。

 ーーーそんなこと、小学生の頃から言われている。そして、それがなかなか保てないのが、現代社会というものだ。わたしは、がっかりした。

 とはいえ、小学校で、理由はよくわからないけれども「よく食べ、よく運動しましょう」と言われるよりは、ああやって「脳の仕組み」と絡めて言われてしまうと、納得してしまう気持ちにもなる。そうだな、よく食べ、よく運動をしよう。

 番組内では、脳内の電気信号などを、最新の技術で撮影していた。あんな風に技術が発展すると、自分の脳のどこが活発になっているか、リアルタイムで自分で見られるようになるのだろうか。それは、とっても面白そうだ。

 

 視覚的な情報の記憶は弱くて、耳で聞く、聴覚的な情報の記憶は強い。その違いも、いつか解明されるだろうか。科学の進歩は、やっぱりワクワクする。

学校教子

 随分とブログを書くのも久々になってしまった。気づけば下町暮らしを離れて地元に引っ越してきてしまったし、年まで越してしまった。

 このシーズンといえば、受験だ。わたし自身、中学受験・大学受験・大学院受験と、そこそこ受験戦争の体験はしてきた。そんなわたしが振り返る、受験の思い出とくれば、これしかない。

 

 大学受験でのこと。当時高校三年生だったわたしは、予備校にも通いながら、なんとか勉強をしていた。といっても、たぶん、巷の受験生よりは必死じゃなかったのではないかとも思う。お正月にはテレビも観ていたのだ。

 いくつかの志望校は決まっていた。願書も取り寄せていて、あとは書くだけだったけれども、母が気を利かせてくれ、「あんたは勉強していなさい。願書くらい、書いておいてあげるから」と、引き受けてくれた。

 書類仕事は確かに面倒だと思ったわたしは母に願書を預け、勉強をし、そして、もちろんちゃんと受験票は届き、試験を受けた。英語の長文読解の文章の内容は、お正月のクイズ番組で取り上げられていた、動物の生態についてで、この時ほど「テレビを観ていて良かった〜」と思ったことはなかった。受験には、受かった。

 

 ある日、「内緒にしていたんだけど」と母が切り出した。

「実はね、願書に記入する時に、横に、願書に添付されていた見本を見ながら書いていたのだけれど、見本と願書を隣り合わせにしながら見本に合わせている間に、あなたの名前を書くところに、見本に書いてあったまま、『学校教子』って書いちゃったのよ。

 願書は修正液の使用も禁止だから、二重線を引いて訂正するしかなくって。だから、大学の書類を確認するスタッフは、きっと『学校教子』ってミスに気づいたと思う。試験の前にそれをいったら、怒ったりがっかりしたりするかと思って、言わなかったんだけれどもね。」

 

 たしかに、自分の名前を間違えて見本通りに「学校教子」と書いた願書を出していたと試験前のわたしが知ったら、焦ったし、落ちるかもしれないと思っただろうし、だからこそ怒っただろう。その大学に合格したから良かった。通えたから良かった。

 

 大学を卒業したあと、用事があって、大学の事務室を訪れた。心の隅で「この部屋の誰かは、わたしが『学校教子』と書かれた願書を出したことを知っているのかも」と思うと、思わずニヤついてしまった。もしかしたら、大量にある願書を処理するのにくたびれた職員の誰かに、ちょっとした笑いを提供できたのかもしれない。それならそれで良いじゃないか。そう思えるくらいには、大人になったらしい。

実家のライバル

 フクロウを飼っている母が、ついにフクロウとの暮らしのことを本にし、つい先日、筑摩書房から発売となった。わたしも、その本の中のコラム執筆を担当した。フクロウの名前は、ぽー。これが、可愛い見た目して、けっこう怖いヤツなのである。

f:id:fukurowl:20170426170000j:plain

  母がぽーと暮らしはじめて4年になるが、一緒に暮らしていないわたしが知っていて、母が知らない瞬間がひとつだけある。ぽーの獲物になる、その瞬間だ。

 はじめてそれが起きたとき、何が起きたかわからなかった。不意に後頭部に重みのある衝撃。硬く鋭利なものが当たる感触。一瞬あとにぽーが飛び去るのが見え、やっとその衝撃の元がぽーであり、頭皮に感じた硬いものは、あのするどい脚の爪だったということを知った。「痛い!」の声にすぐに母が駆けつけたけれども、ぽーはとっくにカーテンレールの上に立ち、知らん顔だ。

 出血しているのではないかと、頭をまさぐったが、血は出ていない。それにしても、まるで居ないように静かに昼寝をしていたぽーが、いきなり蹴飛ばしに来るなんて! 最初は「接触事故」かと思ったけれど、2度目、3度目と蹴られるうちに、ぽーは母の目を盗んで、わたしを狙って蹴っているのだということがわかった。その1日のうちに7回も蹴られて、以来、実家のリビングは油断ならない「戦場」へと変わった。

 実家の玄関から廊下を通ってリビングに入ると、ぽーはたいてい正面にある食器棚か、窓沿いのカーテンレールのうえにいる。歩を進めると、まん丸の目が、わたしを見つめる。真剣に見つめるその顔は真正面にわたしを捉え、体をかがめ、前のめりになる。

 体をかがめるのは、飛びかかる準備だ。頭を低くしたまま、狙いを定めるように、じいっとわたしを目で追う。ほんとに飛ぶ瞬間には、勢いをつけるために、さらにもう少しグッと頭が下がる。そうして、立っていた場所を脚でグンと蹴り、翼を広げて飛び立つのだ。

 わたしも少しは学んだ。少しでもこちらが目を逸らせば、ここぞとばかりにぽーは飛んでくる。だから、最初にぽーの頭が下がった瞬間から、にらみ合いが始まる。下手に動くと蹴られる。剣道家同士が互いに竹刀を構えたまま機を待って牽制し合うような緊張感が、ぽーとわたしの間に漂う。わたしはすり足でじわじわと壁際を目指す。部屋の空間の中心部がぽーの「制空権」の範囲で、低いところや壁際は比較的安全なのだ。わたしがソファで大人しくしている限りは、ぽーにも狙われない。

 ぽーは、わたしの頭のやや上を狙う。猛禽類が獲物を狩るために飛びかかって組み伏せるというような感じではない。それよりは、通りがかりざまに蹴っ飛ばして飛び去っていくというスタイルだ。

 ぽーがいよいよ痺れを切らして勢いよく飛び出す瞬間、今度はわたしがフッと頭を下げる。すると蹴りは空振りに終わり、ヤツはむなしく反対側のカーテンレールに飛んでいく。その間にわたしはササッとソファへ移動する。ひとたびソファにたどり着けば、防衛しきったわたしの「勝ち」だ。あとはそこにいる限り、リラックスできる。

 ただし、ソファへの移動が遅ければ、ぽーは向こうのカーテンレールに着くなり、身を翻してタッチアンドゴーで再発進し、復路でわたしの後頭部を狙う。この切り返しが、実に素早い。それで結局、実家に半日いる間に何度も蹴られてしまうのだ。

 先日、あまりにわたしが蹴られるので、母は見兼ねて、「これをかぶれば!」とキッチンからザルを持ち出してきた。ザルが中世の兵士の鎖かたびらのような防具に早変わりするわけだけれども、実家に帰ってリビングでザルを被って過ごすというのは、いかにもダサいのである。その姿を不思議そうに、また呑気そうにぽーが眺めるからなおダサい。

 これからも、ぽーとわたしの戦いは続く。

 

 

逆さまのアンパンマン

 週末の浅草は人でいっぱいになる。ましてや、桜の季節ともなれば、さらに訪れる人は増える。そんな中、いつもの通り街を歩き、スポーツジムへ向かおうとしたところ、ちょっと微笑ましい場面に遭遇した。

 場所は、コンビニの前。観光客なのだろうか、大きな荷物と、小さい子供が乗ったベビーカーの傍に、外国人の男性が佇んでいた。ベビーカーの子は、その人の子供だろうか。コンビニでちょっと買い物をしている、子供のママを待っている、というような様子だった。男性は、ベビーカーの子供に笑いかける。そして、何かを手に取り、顔につけた。

 アンパンマンのお面だ。

 アンパンマンは世界レベルの人気なのだろうか。ずいぶん昔からある、ちびっこのヒーローは、外国人観光客をも楽しませているようだ。

 パパの顔につけられた、アンパンマンの顔は上下逆さまだった。上下逆さまのアンパンマンの顔というのは、ちょっと一瞬怖い。でも、ベビーカーの子はきゃっきゃと喜んで手を挙げて、パパはその小さい手に、アンパンマンのお面を手渡した。

 海外から入ってくるものを、わたしも何気なく楽しむことはある。もしかしたら、わたしも、本来の向きとは逆向きに理解しているものもあるかもしれない。でも、それでもいっか、と思えた。それくらい、アンパンマンのお面を手渡すパパの顔も、受け取る子供の顔も、楽しい笑顔だった。

 

いよいよ

 いよいよブログを一日休むことに。ここ一ヶ月忙しかったのが、昨日で一段落したところ、少し気が抜けてしまったみたい。今後、どういう風にブログを続けていくかも、ようく考えようと思う。基本方針は、ブログを続けるという感じだけれど、四月からは生活がガラリと変わる。ブログばかりに固執せず、柔軟に暮らしていきたいね。

 

「純」という漢字の怖さ

 大学に入ってから出会った言葉に「純ジャパ」というものがある。先日「けものフレンズ」について触れたから「ジャパ」とくれば「ジャパリパーク」のほうが思い浮かぶ気もするが、もちろんそうではない。両親とも日本人で、ずっと日本で育った人のこと。純粋なジャパニーズのこと、である。この言葉は(在日)外国人との対比で使われるというよりは、帰国子女との対比で使われる。文脈としては、「帰国子女の学生なら英語が流暢なのはもちろんだけれども、あの子は純ジャパなのに発音良いよね」、とかそんな感じに使われていた。Wikipediaで調べると(というか、Wikipediaで項目になっていることに驚いた)、元々ICU上智といった大学で使われるようになった言葉だそうだ。なるほど、帰国子女が多いところである。

 それにしても、ICU上智といった、人の多様性に富んだ場所だからこそ「純ジャパ」という言葉が使われるようになったというのは皮肉なものだ。「差別的な意図は含まれないことが多い」というが、「純」という漢字からは、やっぱり人を区別する印象を受ける。すぐに思い浮かぶのは、『ハリーポッター』でスリザリンの寮に入る子達が「純血」の魔法使いだ、というような文脈。とはいえ、「帰国子女じゃない」人をさすときにちょうど良い言葉がないのだから、とりあえずは「日本でしか過ごしてない」「生粋の」という感じで「純ジャパ」なのだろうか。

 帰国子女の方が良いとか、純ジャパの方が良いとか、そういう議論をする気は無い。でも、ある特定の経験をしたことがあるかによって「純」か「純じゃない」かが決まってしまうのか、と驚かされるほどには「純」という言葉の持つ意味は大きい。そして、それくらいインパクトの強い言葉を選ばざるを得ないほど、ICU上智も、「帰国子女かどうか」の違いがハッキリ出る場所だったということだろう。非「純ジャパ」(つまりは帰国子女)も、その経験の幅は広い。だから一口に学生を「純ジャパか帰国子女か」の二分はできない。日本語よりも英語の方が得意な学生もいれば、基本的には日本語が母語で、英語もポケモンレベルにはできる、という、わたしのような学生もいた。特に語学力なんて、できる/できない、というだけでは判断できない。海外に住んだ経験、という切り口だとしても、記憶もない幼少期のことなのか、小学校から高校卒業までなのかで全然違う。人それぞれの経験や能力なんて、グラデーション的な分布であって当然なのに、「純」という漢字一文字が、YesかNoの二択というような見せ方をさせる。

 世界中のあちこちで、移民政策をどうしようという議論が出ている。そして、どちらかというと、多様性を大切にしたいというよりは、自国民を優先したいとか、よその干渉は受けたくないとか、そういう方向に向く力が強いように見える。そんな中で「純ジャパ」という言葉は、やっぱりその言葉本来の意図された意味以上のイメージが想起されてしまう気がしてしまうのだ。「帰国子女ではない」ということだけを意味したいなら、それ専用の、もっとしっくりくる言葉が使われるようになっても良いのではないだろうか。そう思ってしまうくらいには、「純」という言葉は強い。