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カッパと戦った話

 今日は料理好きの友達が東京に遊びに来たので、一緒に合羽橋通りを歩いた。たっぷり三時間、さまざまな料理器具や食器を見て回る。商店街のあちこちにカッパのキャラクターがいて、合羽橋通りの「カッパ」の印象をコミカルなものにしている。

 

 さあ、カッパの話なのだけれど、それはわたしがイギリスに住んでいたときのこと。わたしは一ヶ月ほどの間、毎朝カッパと戦うことになったのだ。

 

 イギリスに住み始めて数ヶ月、いよいよ髪も伸びてきて、結んでいるだけではコントロールもままならない。もともと髪は多いほうだけれど、さらに増えて、ドライヤーにかかる時間がどんどん伸びていた。そこで、大学の寮の近くにある、おしゃれそうなサロンに、ドキドキしながら入ってみた。

 最初は、日本と同じ。シャンプー。歯医者の椅子みたいに、背もたれが後ろに倒れて、首のところがくぼんでいるシャンプー台に首がかかる。が、椅子が倒れるのもスムースではなくガタガタしており、アジア人向けの台じゃなかったからなのか、首の形も合わないものだから、首元が湿っていく・・・。もちろん首の周りにタオルは巻いてくれたけれど、それでもみるみる首が濡れていくのがわかった。アジア人向けの美容室に入った方がよかったのかもしれない、という思いが心をよぎる。

 シャンプーが終わると、ヘアカット台。そのサロンは二人の美容師、若い女性と年上の女性がいたのだけれど、担当してくれたのは若い方。髪は3センチくらい切ってほしい、前髪は眉にかかるくらいでお願い、髪が多いから少しすいてほしい、と伝えた。そのつもりだった。

 日本で美容室にいくと、いくつかの種類のハサミを使い分けながら、髪を切ることが多いけれど、そのサロンでは、使うハサミはよく切れそうな一本のハサミのみ。それを巧みにシャキシャキ操っていた。髪はいくつかのブロックに分けながら切っていたから、切られている間は全体がどうなっているのか、よくわからない。だから周りを見てみると、隣のカット台に、年上の方の美容師さんがどっかり座り、大袋に入ったポップコーンをぽりぽりぽりぽり。ずーーーっと食べている。美容室って、シャンプーの香りやパーマ液などの、清潔なような独特の匂いがすることが多いけれど、そのサロンは次第にポップコーンの匂いが充満。あれ、なにかがおかしい。ポップコーンを食べ終わると、小ぶりのりんごをかじり始める。切ってあるりんごではなく、もちろん丸かじり。隣のカット台で。うおー、自由なんだなあ、そんな風に驚いていたら、わたしの髪を切っていたお姉さんが「前髪切るから目つぶってね〜」と声をかけてきた。目をつぶると、額のあたりにハサミを感じ、やがて降ろされた前髪にジャキン。目をゆっくり開けると、み・・・短い。わかめちゃんの前髪みたいだ。

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サザエさんのキャラクター紹介より転載)

  しかも微妙に斜めになっている。美容師さんはそれを直そうと、さらにハサミを入れ始める。ああ、さらばわたしの前髪。途中で「も、もう良いです・・・」とわたしの方が白旗を揚げた。細かく切った前髪が顔にくっついている。柔らかいタオルやブラシか何かで払ってくれるのかと思ったら、お姉さんが顔を近づけてきて、ふーっと息をかけ、素手て顔についた髪を払う。「え・・・え・・・?」と戸惑いを隠しきれないわたし。人の顔に、息かける?これが、普通なのだろうか。サロンには、隣で年上の美容師さんがコリリとりんごをかじる音が響いていた。日本の美容室って客に気を使ってるんだなあ、と感心させられた。

 

 なにはともあれ、多かった髪からは開放された。3センチくらい切ってほしいといった髪は10センチちかく切られていたけれど。帰り際、「髪のトップの方にボリュームが出るように、髪の内側を短く切っておいたから」と言われた。正直意味はわからなかったが、とにかくさっぱりした気がしたし、それに対して今更「NO」を言っても切り終わってしまったものなのだから、どうしようもない。わたしは「OK」と言い、支払いをして帰宅した。たしか、当時の日本円に換算すると、7000円くらいだったか。学生のわたしには、高い出費だ。でも、長いこと気にしていた、伸びきった髪からは開放されたーー

 

 それからどれくらい経ってからだろうか。「髪の内側を短く切っておいた」の意味が、わかった。本当に、髪のある一部だけ、五分刈りのようにしていたのだ。

 わたしの髪質はけっこう硬い方だから、次第にその五分刈りの髪が伸びると、おろしている髪をかき分けて、ツンツンと短い髪が出てきてしまう。まるで、カッパのお皿の周りのツンツンのように。

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(わたしは頭頂部が禿げているわけではない。アシカラズ)

 さあ、こいつをどうしよう。ワックスつけても濡らしてみても、ツンツンと生えた短い髪は、なかなか寝てくれない。周りの長い髪をかきわけ、カッパの皿のフチを作ってしまう。これを切ってしまっては、問題を先延ばしにするだけ。いくらか待てば、その髪も伸びてツンツンしなくなるはず。

 アジア人の髪質と、西洋人の髪質は違うのだろう。髪の細いブロンドの人などは、たしかに髪の内側を短く切ってボリュームを出すのかもしれない。でも、わたしはアジア人の中でも髪質は硬くてストレートで、全くふわふわしていない。その違いに、美容師さんもわたしも、気付かなかったのがすべての元凶だったのだ。

 

 結局、一ヶ月はカッパをなだめすかしながら過ごした気がする。毎朝、カッパの皿のフチとの戦いだった。大学院の授業にも行きたくなかったし、図書館にも行きたくなかった。けれども、授業を休む理由が「髪がカッパになるから」というのはあまりにも恥ずかしいので、気づかないふり、気にしないふりをして授業に出て、友人とランチを食べた。

 

  当時はあまりにもショックで、カッパがなくなるまで、写真にうつることをことごとく避けた。今となっては、こんな面白い出来事に遭遇したのだから、全角度から撮っておくべきだった、とも思う。髪がまた伸びても、イギリスでは切らず、日本への一時帰国の日を待った。日本に帰っていきつけの美容室でカッパにされた話をしたら、大笑いしてもらった。やっぱり、写真で見せたかった。

 じゃあ、もう一度同じサロンに行って、同じように切ってもらえば良いって?いやいや、それはさすがにご勘弁。