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標準語を学んで欲しい!

イギリス留学 言語 コミュニケーション オックスフォード

 わたしは数年前イギリスの大学院に進学したのだけれど、3月に日本で大学を卒業してから10月の入学まで時間があったし、実際にネイティブに囲まれての授業となると英語に不安もあったため、アカデミックな場で使われる英語、つまりディスカッションやリーディング、ライティングなどを学べる、現地の語学学校に通わせてもらった。

 クラスメイトは、みな、外国からの留学生。当然といえば当然だが、語学のコースなので、英語ネイティブはゼロ。とはいえ、特にヨーロッパ圏から来たクラスメイトはほぼネイティブのような話し方だし、一方で全く何を言っているか聞き取れない、訛っている英語を喋る人もいた。日本人も、数人いたけれど、2クラスあるうち、なぜかわたしだけ別のクラスに割り振られてしまった。世界中から、こんなに学生が集まっているのか、と感心したものだった。クラスメイトで休み時間に雑談をしたり、クラスが終わった後皆でカフェに行ったりするときには、英語ネイティブが誰もいないから、ときにはハチャメチャな英語になったりもしていた。それでも、お互い伝えたいことが読み合えてなんだかんだで楽しかった。外国人学生同士ならではの楽しみだったかもしれない。

 英語というのは世界中いろいろな地域で使われている言語だから、語学学校とはいえ多少訛っていても特に注意はされない。それよりは、文法とか、語彙が正しく使われているかの方が重視される。ロシア人はロシア語っぽい、巻き舌の強い発音をするし、タイ人も特徴ある発音だ。ロシア人の友人はしょっちゅう「オフコルス」と言ってて、なんのことだろうと思っていたら、「of course(オフコース)」の「 r 」の発音が強いことがわかったときには仰天した。それに気付いてからは、随分と会話がしやすくなった。日本人の英語も、カタカナ英語っぽい人が多い。それでも、よほど聞き取りにくいということがない限り、発音を直される場面は少なかった。

 しかし、である。わたしは、かなり何度も発音を直された。周りの人の何倍も、注意されたと思う。「お前はちゃんとイギリスの英語を喋りなさい」。先生に言われた言葉だ。

 というのも、幼い頃にアメリカに連れて行ってもらって以来、アメリカには家族同様の付き合いをする友人もできて、時折お互いの家にホームステイなんかもしていたものだから、わたしの英語の発音は、かなりアメリカ寄りのものだった。それが、原因だ。

 わたしが通ったのは、オックスフォード大学。そこのスタッフや教員陣の中には、世界ランク上位で、世界でも最も古い大学の一つで働いていることに、揺るぎない誇りと自信をもっている人もいた。わたしが通った語学学校はオックスフォードの付属だったため、コースの先生もまた、「オックスフォードであること」に自信をもっていた。

 つまりは、オックスフォードまで来て、英語でちゃんと学ぶのなら、喋る英語もアメリカの発音ではなくイギリスのものにせよ、ということだった。日本人が日本人らしい英語を喋るのは良いが、アメリカ英語を喋るのは許せない、というのは、少し面白かった。東京に住むわたしが、日本語を勉強しているという人に出会ったときに標準語ではなく関西弁だったり東北弁だったりと訛っていたら面食らうだろう。それと同じ感覚なのか。学ぶなら標準語を学べよ、ということなのか。たしかに、英語の「英」の字は英国の「英」だし、 English という単語も、 England から来ているのだから、イギリスにとっては、「わたしたちが喋る言葉こそ正当な英語」ということなのだろう。

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(あの有名な青い英語辞書なども出版するOUPも持っているのだし「言葉の権威」という自負もあるのかもしれない)

 アメリカ英語とイギリス英語、発音やアクセントなど異なるところはいろいろだが、特に違うのは「 r 」の発音。イギリスのほうが、淡白な発音をする。アメリカのほうが、巻く。文字で説明するのは難しいが、たしかに違いはある。それで、先生がわたしに練習させようとした単語は「 Oxford 」だった。「オックスフォード」の「ォー」のところが巻いてしまうとやり直し。あえてカタカナで書くなら「オクスフォド」がイギリス英語なのだそう。「オ」のところも、微妙に違う。「 Oxford 」という単語の発音を何度も直されたのは、少し気恥ずかしく、また可笑しくもあった。先生、やっぱりこだわりなんだなあ、と。

 先生は言った。「ロンドンの英語もいろいろだし、BBCの英語もある。でも、オックスフォードの英語を身につけなさい」。とはいえ、それは難しかった。たしかにそういう英語はあったのだろうけれど、とくにオックスフォードの大学院ともなれば、そこは世界のるつぼ。あらゆる国や地域から人が集まり、英語という共通言語で対話をするのが基本。だから、訛り上等の世界だった。それよりも何百倍も重視されるのは、あくまで議論の内容。ここに集まる人皆に「オックスフォードの英語を学べ」とは言っていないのだから、「オックスフォードの英語」とは、世界の英語なのではないかと思う。これが、伝統あるカレッジの学部生だったら違うのかもしれないけれど・・・。(学部生と院生はまた文化が異なるらしい)

 語学学校にいた2ヶ月間で、イギリス(または、オックスフォード)英語の発音もある程度はできるようにはなっていた。けれども今となっては、もう、渾然一体。自分がどんな発音なのかよくわからなくなってしまった。それでも意識してイギリス英語を喋ろうとするときにはちょっと偉そうなキャラになり、アメリカ英語のときはカジュアルなキャラになる気がするのが我ながら面白い。それは、やっぱりオックスフォードにいる人たちが自尊心が強く、イギリス英語を喋ろうとすると、自分にもあるそういう面が前に出てしまうからなのだろうか。あるいは、そもそも言葉としてイギリス(オックスフォード)英語に対してわたしが「偉そう」というイメージを持ってしまっているだけなのかもしれない。