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悪いところ

 わたしは地元の公立中学校へ入学せずに私立の中学校を受験して行かせてもらった。候補の学校はいくつかあったが、結局三校の試験を受けた。一番最初の受験は、第一志望の学校よりは偏差値の低い、いわゆる「滑り止め」の第三志望。心から「この学校は良いと思うから行きたい」と思っての受験ではなかった。

 国語や算数といった普通の科目の試験を受け、最後にアンケートのようなものが配られた。そこには、自分の得意なこととか、好きなことなど、「自分」をアピールするための質問がいくつか書かれていて、それも、選考の一部だった。もちろん時間も区切られていて、わたしは比較的スラスラと書いていった。「どうしてこの学校を受験したのですか」というような問いに対しても、「滑り止め」なんて野暮なことを書かないくらいの分別はあった。ただ、その学校の良いところというのもよくわからなかったので「制服が可愛い」なんて、大して思ってもいないことを書いた気がする。

 いくつかあった質問のうちの一つは「自分の悪いところは何ですか」といったものだった。入試のためのアンケートに書く、「悪いところ」。少し難しい。自分の悪いところが思い浮かばないわけではないけれど、自分がこの学校にふさわしいとアピールするために書くのだから、本当に極悪なこと(というほど極悪なところもないけれど)は書けない。だから、そこまで致命的でないことを書くので済ませたい。12歳のわたしはそう思った。

 幼稚園くらいの頃から、背の順で並べば後ろから数えた方が早いくらいには背が高い方で、その影響もあり猫背だったわたしは、当時しょっちゅう母に「姿勢が悪い」と言われていた。それをふっと思い出し、「そうだ、姿勢が悪い、というのは、ちょうどよかろう」と思い「姿勢が悪い」とだけ書き、アンケートを終わらせた。

 残り時間はまだある。呑気にボケーっとした。試験官の人が「あと一分で回収します」とか言ったときだっただろうか、気まぐれに、アンケートを見直した。そうしたら、

「自分の悪いところはなんですか」の質問は、ほんとは

「自分の性格で悪いところはなんですか」というものだった。読み飛ばしていたのだ。

 性格のことを聞いていたのか!そうだとしたら、答えが「姿勢が悪い」では、トンチンカンだ。あと何秒残っているのかわからないけれど、とりあえず「姿勢」の字だけ、消しゴムで消した。残った空白に何か入れれば、それで「何々が悪い」と、回答できる。その「何々」を、焦って、考えて、考えて・・・

 ようやっと、思い浮かんだのが「態度が悪い」だった。「態度」と書いた瞬間、「鉛筆をおいてください」という試験官の声。さっさと、アンケートは回収されてしまった。せっかく、当たり障りのない、「自分は良い生徒だ」というアピールができるようなアンケートにしようと思っていたのに、最後の最後で「態度が悪い」という回答になってしまった。いかにも悪い生徒じゃないか。読み飛ばしてしまった自分が、ギリギリまで気づけなかった自分が、なんだか、情けなかった。

 

 今にして思えば、「態度が悪い」なんて回答、微笑ましい気がする。ほんとに態度が悪い生徒が、「態度が悪い」なんて自分から書くだろうか。しかも、その字のしたには、消しゴムで消した「姿勢」の字がうっすら見えたとしたら。きっと、すぐに「この生徒はそそっかしいのだな」という解釈に至っただろう。

 

 結局その学校には受かったけれども、第一志望が受かったのでそちらに行ってしまった。親もわたしがこの学校には行く気が無かったのを当然お見通しで、合格が決まった後も、入学手続きは進めていなかった。だからこそ第二志望に落ちた時には焦って大泣きもしたのだけれど、結局のところ、面白がって受験した第一志望に受かり、辻褄があった。大学受験もそうだったけれど、中学受験も、試験そのものを「面白い」と思いながら取り組んで解答したところに、結局は受かることができたのだった。

【予告】実家のふくろうの本が出ます!

 実家のふくろうをめぐる本が、筑摩書房から出ることになりました。ステマじゃありません。むしろ直接的なお知らせです。私も、本の中のコラムを担当したり、執筆にあたる文献調査やインタビューの手伝いなど、やや裏方で関わらせてもらいました。

 ふくろうのぽーの暮らしぶり、人との関わり、成長などが描かれたノンフィクションです。

詳しくはこちら→フクロウのぽー

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北海道から

 夫の実家から、北海道の海産物をいただいた。冷凍庫にまだ残っているけれど、今日はホタテとえび。ニマニマしたくなっちゃうほど甘くて美味しかった!海の幸、ごちそうさまでした!

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祭りの気配

 もうこの季節になると、三社祭が話題に上がる。浅草の地元の人たちは、三社祭が終わった次の日から翌年の祭りの話を始めたりするそうだが、そうでない人たちも、祭りを意識するようになる。昨日は、お神輿を連れてお囃子とともに浅草の町を練り歩き、浅草寺の外陣へ「堂上げ」し、一晩、御本尊のところで泊まって、今日また「堂下げ」して戻したらしい。今日は泊まって明日帰るなんて、友達のお家へのお泊まりみたいな話だ。昼前から揃いの法被を着た人たちがぞろぞろ歩いているのを見て、やっぱり祭りの町なんだなあと思った。浅草寺の僧侶たちは読経をし、浅草神社宮司さんは祝詞を奏上したそうで、お寺と神社が一緒になっての儀式というのは興味深い。

 昨日は美容室に髪を切りに行ったのだけれども、そこの店長が言うには、祭りに賭けている女性たちは、祭りの日に髪をキュッと結う特別な髪型にするために、一年かけて髪を伸ばすなどして用意をするそうだ。そして、祭りが終わると一度ばさっと切って、また翌年の祭りに向けて髪を伸ばす。

 この街では、祭りが暦の中心のようだ。

寝る前の儀式

 わたしが寝る前にとる行動は、ほとんどいつも決まっている。まだ着替えていない場合は寝巻きに着替え、キッチンに向かう。今住んでいるアパートはオートロック付きで築浅、収納もそれなりで、スーパーも近くにあるというとても良い条件の物件なのだけれども、唯一の弱点が、洗面台がないことなのだ。スペースを確保するために、洗面台を置かないことにした、と大家さんは言っていた。まあ、確かに洗面所でしたいことは、お風呂場かキッチンのシンクでどうにかなるのでそこまで困っていないけれど。ともかく、寝る支度のために、キッチンへ向かう。それで歯を磨き、顔を洗い、コンタクトレンズを外して顔に化粧水とかをつけて、寝る前の薬を飲んでおわり、というのが理想の流れだ。

 でも、いつだってその流れ通りにいかない。大抵直前までお茶か何かを飲んでいるので、シンクに立つと大抵洗い物が残っている。そして、洗い物が終わると、次々と小さい家事が見つかってしまう。それが終わると、手洗いせっけんで綺麗に手を洗い、歯ブラシに手を伸ばすーーはずが、「手洗いうがい」が身に染み付いているせいで、手洗いせっけんで手を洗うと、自然と手がコップに伸び、気づくとうがいをしている。うがいをするのは悪いことではないけれど、こうやって、しょっちゅう、家の中で手を洗っては、うがいをしているらしい。もはや、癖である。うがいをして、コップを軽くゆすいで、タオルで手を拭き終わる頃には、歯を磨こうとしていたことを忘れ、テーブルの上を片付けたり、携帯に手が伸びたりしてしまう。手洗いうがいは、いつもわたしのペースを乱す。

 自分の頭の中で、「寝る前には、こうしているはず」というイメージと、実際に自分が取っている行動との間には、意外とギャップがある。普段はあまりにも意識しない、小さなことがたくさん挟まっているのだ。ほんの数分のことだけれども、ほんとうに自分がどういう順番で何をしているのかというのは、思っているより複雑らしい。今日は、歯まで磨いた後に、ブログを書いていなかったことにきづいて、ブログが挟まった。今日も少しだけ、ルーティーンが変わっているらしい。

謎の壁

 とある民家の、コンクリート打ちっ放しの外壁。一体、どうやってこの模様?がついたのだろうか。いくら見ても想像がつかず、諦めてしまった。もはや、何か生き物が上を這った跡だろうかとかそんなことも考えてしまいつつ、ほんとに、よくわからない。下の方では跳ねているような模様になっている。どういう道具があれば、こんな模様を描けるのだろう?なんのためのものだろう?

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今日の一言:その1

 ブログも、さすがに毎日高い熱量のものを書くのは苦しくなったので、たまには「今日の一言」と題して、写真に、一言だけ添えるという日を作ろうと思う。まあ、自分を甘やかす日だ。

 そんなわけで、今日の一言。猛禽も良いけれど、やっぱり哺乳類も可愛い。

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