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50円玉とパンツ

エッセイ 季節

 いよいよ師走に入り、気温も下がってきて、晴れた日でも日当たりによっては洗濯物が乾かなくなってきた。今年の冬は、できたばかりの近所のコインランドリーが早速活躍している。

 そこのコインランドリーは、洗濯は200円から。乾燥は10分100円。ものごとは全て100円刻みで、洗濯機も乾燥機も、100円玉しか受け付けない。そんな乾燥機のお釣りのところに、50円玉が残されている。誰かが、100円玉と間違えて入れてしまって、そのまま出て来てしまったのだろうか。それを持っていく人が、今の所いない。

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 この50円玉が残っていた乾燥機は、わたしが入ったときにすれ違いざまに出て行ったおじいさんが使っていた。わたしはそれの上の段を使ったけれど、わたしの次にきたおばさんが、おじいさんが使っていた方の乾燥機を開けたら、男物のパンツが一枚、出て来た。ズボンの最近の呼び方としてのパンツではなく、下着の方のパンツだ。たぶん、おじいさんのものだろう。おじいさんは、大きな袋に、乾燥が終わったシャツなどの衣類を大雑把に入れて、パンツ一枚残して出て行ってしまったようなのだ。

 おばさんと、目を見合わせた。「いま出て行った方のものですよね」「そうですよね」「たぶん、忘れたこと気づかないですよね」苦笑しながら、おばさんは、隣の乾燥機を使うことにした。

 それが、昨日の朝の話。今日の午後、通りがかったついでにコインランドリーを覗いたら、まだ、あった。あったというのは、50円玉もだし、パンツも。パンツは、別の台の上に移動されていたけれど。

 

 置き引きとか万引きとか、空き巣とか、そういう話が絶えない町だけれど、一方で、こんな小さなコインランドリーでは、50円玉とパンツがおじいさんを待っている。いや、50円玉はおじいさんのものではないかもしれない。それより前に使った人のものかもしれない。でも、パンツはともかく、50円玉は、「これは自分のものだ」と特定するのは難しい。関係ない誰かが、持って行ってしまうのだろう。仮におじいさんがパンツを取りに来たとして、50円玉には気づかないだろう。

 この50円玉が置かれた乾燥機から一歩動けば、そこには自販機があり、ちょうど50円で缶コーヒーが売られている。この50円玉も、誰かの手のひらの中で、缶コーヒーに化けるのだろうか。