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『にほん語観察ノート』

言語 文章を書くこと

 図書館に行ってきた。いろんな分野で四冊借りたが、そのうちの一冊は、井上ひさしの『にほん語観察ノート』だ。読売新聞の日曜版に連載されていたものがまとめられた本で、一編一編は短い。ああ、こういう文章、良いなあと思う。

 まだ読み始めだが、「文章上達のコツ」という回がある。実は調べてみると大勢の人がいい文章を書きたいと思っているのだという。それについて井上ひさしが考えてみたところ、結局は、言いたいと強く思えることがあるかどうかがまずは大事なのだ、ということだ。そのあとに表現の質の問題に入れるのであって、まずは言いたいことがあるかどうかなのだ。

 小説家や劇作家などなどといった書き手たちは、

日々の暮らしの中から、自分の心の内から、なにか言うべきことを見つける、調べて考えて内圧を高めて、「これを言わないうちは死に切れない」と思い込む。

そうやってものを書く日々を切り抜けてきている、という。

 

 井上ひさしと自分とを並べるのなんておこがましいにも程があるが、ほんとに、そうだと思う。どれだけ、書きたいと思えることを見つけられるか。伝えたいという思い(内圧)を強められるか。これができないときには、全然文章が出てこないし、やっと書いた文章も、大して面白くない。仕事で、「書かねばならぬから」書く文章よりも、ちょっと人に話したくなるようなことを書いた文章の方が、よくまとまっていたり、面白かったりする。

 この『にほん語観察ノート』も、言語観察とか、国語とか、そういうことを軸足に、井上ひさしが日常で見つけたニュースとか、街で出会った出来事とか、読者からの投稿とか、そういったことと結びつけて書かれた文章だ。政治家の発言も、ポケモンカードゲームも出てくる。そういうことを元に「調べて考えて内圧を高めて」書いている。

 このブログも113投稿目になって、いい加減毎日書くのも苦しいと感じる日も出てきた。それでも、なにか言うべきことを見つけて、内圧を高めて書いていこう。ほぼ日刊イトイ新聞糸井重里も、長い文章を書くよりは、短くてもたくさん書く方が良い、と言っていたそうだ。それで「ほぼ日刊」なのだろう。わたしも今、ほぼ日刊になってる。この調子で、書いていってみよう。その向こう側で、先達が待っている。