今度こそ、たまご

 おとといの温泉卵の失敗の後、生卵を一晩冷凍させて、凍った卵を沸騰したお湯に入れて1分くらい茹で、火を止めて13分ほど置くという別の方法を習った。今日の昼に実践して見たところ、うまい感じに成功した。やっぱり、「冷凍庫で一晩」とか、「沸騰したお湯で1分茹でる」とか「火を止めたら蓋をして13分」とか、間違いようのないプロセスだけでできるレシピは、すごい。指で触って「お風呂より熱っ!」では、やっぱりあいまい過ぎたようだ。

 あまりに綺麗にできたので、写真を撮る前に食べてしまったのだけれど、まあ、普通の温泉卵の見た目になった。次回からは、このやり方でやるのが安定だろう。

 生卵を冷凍。ここ一年くらいで聞くようになって、興味はあったけれど、実践はしたことがなかった。どこかタブー感があった気がする。卵は冷凍しないでしょ、と。でも、その気になれば破るのは簡単だったし、チャレンジして、恐れることなんてなかったじゃん、とあっけらかんに思える。要は、背中を押す何かがあったかどうか、というだけのことだったのだろう。今回は、「温泉卵を作ったつもりが生卵だった」という事件(?)へのリベンジの気持ちが、後を押した。良いチャレンジだった。

 温泉卵を載っけたい食べ物、色々ある。サラダはもちろん、パスタとか、ハンバーグとか。卵かけご飯風に、熱々ご飯に乗っけても美味しいだろう。せっかく簡単な方法を知ったのだから、色々なものに乗っけてみよう。コレステロールだけ、気をつけながら。

 

ブルゾンとペルソナ

 以前にも書いたけれど最近「ペルソナ5」というゲームをしている。そこで出てくる出世が何より大事という美人の登場人物が、暮れにテレビで知ったお笑い芸人、ブルゾンちえみにそっくりな気がして、それを夫に言ったら、腹を抱えて笑っていた。二人で同じテレビ見て、同じゲームやっていると、こういうちょっと面白いことで一緒になって笑えるから楽しい。画像の、右奥に写っている女性と、男二人を見て欲しい。

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(↑これが、ゲーム画面。ウチはPS4をプロジェクターにつなげて、テレビではなく壁に映写して大画面で楽しんでいる。今写している画面も横幅2メートルくらいだ。大型テレビを買うより安いから嬉しい)

 

そして、ブルゾンちえみが、こちら

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 ブルゾンちえみは、暮れの番組で初めて知った芸人さんだけれど、自分でもうまく説明できない、不思議な面白さがある。そして、彼女のキャリアウーマンのネタの印象が強烈だったからこそ、ゲームで仕事人間の女性が男二人を引き連れている様子を見て、真っ先にブルゾンちえみを思い出したということだ。どちらもよく知っている人は、ニヤリとしてくれるかもしれない。それが、何人いるかは、わからないけれど。

温泉卵の失敗

 卵は色々に調理して食べられるからこそ、食べ方の好みが別れる。卵単体で食べるものだけでも、目玉焼き、卵焼き、ゆで卵、スクランブルエッグなどなど。他の食材も加われば、つくしの卵とじとか、親子丼、卵スープ、卵チャーハン、茶碗蒸し、プリンなどなど、とにかく種類が多い。そんな中でも、私は温泉卵が好きだ。そもそも、温泉旅行に行った時に、硫黄の匂いがぷーんと立ち込める空気の中で食べるという特別感もある。前日の夜にたっぷり温泉に入って、翌朝はその源泉に入れておいたであろうとろとろの卵をいただく。その一連がまとめて好きなのだろう。

 家でそれを再現するのは、簡単ではない。何しろ、「非日常感」がない。家は、「日常」の中でも最も日常の場所だ。いつもの食器、いつもの景色。それでも、なんとか温泉卵が食べたくなって、作り方を調べて実践した。

 グラグラと沸騰しているお湯ではなく、普段のお風呂より熱いお湯に入れておく。ちょっとぬるめな気がしたので、時間は長めに1時間。一応、ネットでも温度と時間を調べた。とはいえ、温度計なんて器用なものは持っていないので、指先をちょこっとお湯に入れた時の「熱っ!」の感覚で測るしかない。それで、試してみた。

 

 間違いなくお風呂より熱いお湯に入れて一時間後、ドキドキしながら、まだ冷めないお湯から卵を出した。そして、シンクの角にコツコツとぶつけてヒビを入れ、お皿にゆっくりと出す。

殻の隙間から出てきたのはーー

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 生卵でした。

おかしい。絶対、おかしい。わたしが大好きだったドラマ、「TRICK」で、卵が割れるとヒヨコが出てきたのと同じくらい、おかしい。

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 だって、あんなにお湯に入れていたのに!誰かがすり替えてしまったのか。何しろ、固まりかけてる気配すらない。上田が白目をむいてひっくり返ってしまいそうなくらいわけがわからない。・・・というほどではないけれど。単純にいえば、半端に温め続けてしまったということだ。さすがにこれをこのまま生で食す勇気はなかったので、急遽お味噌汁を作り、温泉卵になるはずだった生卵をといて入れた。美味しいお味噌汁にはなった。無駄にはせずに、すんだ。

 

 結局のところ、最初はちゃんとお湯の温度管理が必要ということか。温泉卵はひとまずお預けである。料理用の温度計を買おうかしら、とつい思ってしまった。

やりたいことリスト

 最近作っていなかった、「やりたいことリスト」を作った。普段、「やらなきゃいけないこと」はノートに書いて、順番にこなす。例えば直近だと、確定申告とか。でも、それは別に「やりたいこと」ではない。たしかにちゃんと間違いのないように納税はしたいけれど、ほんとに心の底から確定申告したくて仕方ないとか、考えるだけでワクワクするなんて感情はないわけで、やっぱりこのタスクは「やらなきゃいけない」ことだ。(そもそも「タスク」という言葉が思い浮かぶだけで、やりたいという気持ちはあまりないことがわかる)

 今日、新たに作ったやりたいことリストには、28項目が挙がった。ボルタリングがしたいとか、博物館行きたいみたいなものもあれば、誰に会いたいとか、誰に電話したいというようなものもある。買いたいものが挙がったと思えば、「散歩」のような、書き終わったら即実行できるものもあった。今回は、たぶん28項目挙げるのに、10分もかからないくらいだったと思う。あまりじっくり考えるよりは、ぽんぽんと素早く列挙するほうが良い気がする。連想が働く。そうすると、あまり念頭になかったアイディアまで一緒になって出てきたりして、楽しい。時間をかけて挙げるよりも、直感的に「楽しそう!」「やりたい!」と思えることを挙げるようにしている。じっくり考えてしまうと、だんだん「やりたいこと」の中に「やらなきゃいけないこと」が混ざってしまうのだ。

 普段ちょっと時間ができたときにも、やりたいことあんまり無いなあと思ってしまうと、結局ゴロゴロして過ごしてしまう日もあるのだけれど、こうやってリストを作っておけば、ああ、あれがやりたかった、とすぐに思い出して、楽しいことができる。

 このところはさぼってしまったけれど、ある程度定期的に作るのは良いものだなあ。直感で作る「やりたいことリスト」、ぜひ、おすすめです。

誰が子供を叱るか

 日用品を買おうと出かけたら、店頭で展示されているソファで、小学校低学年くらいの子供たちがわざわざ靴を脱いでキャッキャと遊び始めた。そのソファの前には、展示物なので休憩したり遊んだりしないように、という注意書きがある。あ、これは親がきて「こらっ!やめなさい!」と叱れられる場面だ。そう直感した。

 でも、現れたのは、店員のお姉さん。子供たちの方に向くわけでもなく、近くまで行って、ひたすら「いらっしゃいませ〜」「いらっしゃいませ〜」と言い続ける。そのお姉さんに気づいた一人のパパが、男の子一人に「やめなさい」と言いながら、ソファから下ろそうとしたけど、他の子達とは関係ないのか、他の子供には注意しない。お姉さんは、困ったように「いらっしゃいませ」を続ける。「この子たちの保護者の人、どうか気づいて!」という心の声が聞こえるようだった。

 何か言えば、トラブルになるかもしれない。そういうリスクが頭の中に出てきてしまって、なかなか他人は口を出せない。一方の店員さんが子供に注意をできなかったのは、そういうマニュアルだからだろうか。

 結局わたしが見ている間に、パパにソファから降ろされた男の子以外の子達の保護者は現れなかった。店員さんは「いらっしゃいませ」だけだった。そりゃあ、「いらっしゃいませ」だけ言っていたって、「ここで遊ばないでね」という言外の意味を伝えるのは難しいだろう。それをいけないことと思ってなければ、店員さんがせっせと呼び込みをしているだけにしか見えないのだから。わたしを含め、周りの大人たちは、心配なような、困ったような、でも見えないふりという感じだった。子供は相変わらず、夢中で、楽しそうだった。

 つかつか、と歩み寄って、何か気の利いた言葉でも言えれば、格好良かったんだろうけれど、それにはまだ経験値が足りなかった。

左手ありがとう

 昨日書いた通り、左手首がすこーし痛い。腫れてもいないし、色も変わっていないから大したことはないが、体重がかかったり、角度が悪いと痛い。とはいえ、利き手ではないから全く生活に関係ないだろう、と思っていたら、そんなことはなかった。

 まずは、ベランダへの窓を開けること。洗濯物を干すのに、右手は洗濯物でふさがっているので左手で開けようとするのだけれども、案外重い。普段は気にしない重さが、今日は妙に気になった。

 ドライヤーで髪を乾かす時。ドライヤーを握るのは右手だけれども、その間、左手で髪を梳く。結構、左手首を器用に使う必要があるのだ。あれれ、ちょっと不便だぞ。

 米を研ぐにも、左手で炊飯器の釜を持ち、右手で研ぐ。炊飯器の釜は重いので、結構しんどかった。

 そして、フライパン。炒め物をするのに、右手は菜箸、左手でフライパンの取っ手を握る。ガシャガシャといつも通りフライパンを振ろうと思うと、ズキッとする。ああ、左手、利き手じゃないから重要じゃないと思っていたけれど、そんなことないんだなあ。反省した。どれも、こなせないほどの痛みはない。こなせるけれども、一瞬の「ズキリ」がある。それで、普段の元気な左手の頑張りに気づかされる。

 左手使いすぎないように、気をつけて数日過ごそうと思う。