実家のライバル

 フクロウを飼っている母が、ついにフクロウとの暮らしのことを本にし、つい先日、筑摩書房から発売となった。わたしも、その本の中のコラム執筆を担当した。フクロウの名前は、ぽー。これが、可愛い見た目して、けっこう怖いヤツなのである。

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  母がぽーと暮らしはじめて4年になるが、一緒に暮らしていないわたしが知っていて、母が知らない瞬間がひとつだけある。ぽーの獲物になる、その瞬間だ。

 はじめてそれが起きたとき、何が起きたかわからなかった。不意に後頭部に重みのある衝撃。硬く鋭利なものが当たる感触。一瞬あとにぽーが飛び去るのが見え、やっとその衝撃の元がぽーであり、頭皮に感じた硬いものは、あのするどい脚の爪だったということを知った。「痛い!」の声にすぐに母が駆けつけたけれども、ぽーはとっくにカーテンレールの上に立ち、知らん顔だ。

 出血しているのではないかと、頭をまさぐったが、血は出ていない。それにしても、まるで居ないように静かに昼寝をしていたぽーが、いきなり蹴飛ばしに来るなんて! 最初は「接触事故」かと思ったけれど、2度目、3度目と蹴られるうちに、ぽーは母の目を盗んで、わたしを狙って蹴っているのだということがわかった。その1日のうちに7回も蹴られて、以来、実家のリビングは油断ならない「戦場」へと変わった。

 実家の玄関から廊下を通ってリビングに入ると、ぽーはたいてい正面にある食器棚か、窓沿いのカーテンレールのうえにいる。歩を進めると、まん丸の目が、わたしを見つめる。真剣に見つめるその顔は真正面にわたしを捉え、体をかがめ、前のめりになる。

 体をかがめるのは、飛びかかる準備だ。頭を低くしたまま、狙いを定めるように、じいっとわたしを目で追う。ほんとに飛ぶ瞬間には、勢いをつけるために、さらにもう少しグッと頭が下がる。そうして、立っていた場所を脚でグンと蹴り、翼を広げて飛び立つのだ。

 わたしも少しは学んだ。少しでもこちらが目を逸らせば、ここぞとばかりにぽーは飛んでくる。だから、最初にぽーの頭が下がった瞬間から、にらみ合いが始まる。下手に動くと蹴られる。剣道家同士が互いに竹刀を構えたまま機を待って牽制し合うような緊張感が、ぽーとわたしの間に漂う。わたしはすり足でじわじわと壁際を目指す。部屋の空間の中心部がぽーの「制空権」の範囲で、低いところや壁際は比較的安全なのだ。わたしがソファで大人しくしている限りは、ぽーにも狙われない。

 ぽーは、わたしの頭のやや上を狙う。猛禽類が獲物を狩るために飛びかかって組み伏せるというような感じではない。それよりは、通りがかりざまに蹴っ飛ばして飛び去っていくというスタイルだ。

 ぽーがいよいよ痺れを切らして勢いよく飛び出す瞬間、今度はわたしがフッと頭を下げる。すると蹴りは空振りに終わり、ヤツはむなしく反対側のカーテンレールに飛んでいく。その間にわたしはササッとソファへ移動する。ひとたびソファにたどり着けば、防衛しきったわたしの「勝ち」だ。あとはそこにいる限り、リラックスできる。

 ただし、ソファへの移動が遅ければ、ぽーは向こうのカーテンレールに着くなり、身を翻してタッチアンドゴーで再発進し、復路でわたしの後頭部を狙う。この切り返しが、実に素早い。それで結局、実家に半日いる間に何度も蹴られてしまうのだ。

 先日、あまりにわたしが蹴られるので、母は見兼ねて、「これをかぶれば!」とキッチンからザルを持ち出してきた。ザルが中世の兵士の鎖かたびらのような防具に早変わりするわけだけれども、実家に帰ってリビングでザルを被って過ごすというのは、いかにもダサいのである。その姿を不思議そうに、また呑気そうにぽーが眺めるからなおダサい。

 これからも、ぽーとわたしの戦いは続く。